若竹会会員の皆様には、ご健勝のことと存じます。
この度、会員の方々同士の親睦や交流を図っていただきたく、下記のとおり講演会を実施いたします。講師には、富士高18回卒の村治(齊藤)笙子さんをお招きし、古代エジプトの魅力をお話していただきます。
ご関心のある方は、是非、ご参加ください。よろしくお願いいたします。
 
                                                                                           若竹会会長  須知 正度
 
                                                           記
日 時:平成29(2017)年3月11日(土) 14時~16時(開場 13時30分)
場 所:杉並区立産業商工会館(杉並区阿佐谷南3-2-19 TEL03-3393-1501)
(JR中央線「阿佐ヶ谷駅」(南口)徒歩5分東京メトロ丸ノ内線「南阿佐ヶ谷駅」徒歩3分)

※地図はこちら

講 師:村治(齊藤)笙子さん(富士高等学校18回卒)
テーマ:『エジプト探訪 古代エジプトの壁画の魅力を語る』
本年1月から約1ヶ月間、エジプト訪問します。最近の現地の様子及び長年の壁画や
ヒエログリフ(古代エジプト文字)関係の研究等を踏まえて。
その他:参加費500円。事前申し込みは不要です。当日会場にて先着順受付。
問い合わせ先  前田(園部)和子(富士高等学校18回卒) TEL03-3331-1322
                  若竹会事務局 岩越はるみ 080-2378-7998(10~16時)
以 上
 2020年の創立100周年をどう祝い、楽しむかなどを幅広い世代で議論する「創立100周年をみんなで考えるワークショップ」が7月16日午後2時から5時まで、都立富士高校の音楽室で開かれた。第五高女の24回卒業生から2016年春の卒業生まで、29人が参加。主催の若竹会関係者7人を加えると、総勢36人によるワークショップとなった。議論は白熱、100周年事業の第一歩を踏み出すことができた。


(第五高女24回卒の大先輩も参加)


(この春の卒業生も物怖じせず挨拶)

 はじめに、全員に「創立100周年への思い」と「創立100周年を記念してやりたいこと」をA4サイズの紙に書いてもらい、自己紹介とともに、語ってもらった(文末のpdf参照)。「やりたいこと」は様々だったが、「思い」は共有できるものが多かった。

 そこで、ワークショップでは3つのグループに分かれ、100周年で何を実現したいのかを改めて議論。キャッチフレーズあるいは、キーワードの形で出してもらった。


(♡チームは活発な議論が繰り広げられた)


(♢チームは、だんだんノリが良くなってきた)


(♠チームは、ベテランから若手までの幅広い年齢層のチームに)


(世代間の違いも議論に)


(想いが一つになっていく)


(世代間交流で議論は建設的に)


(♡グループは進行役プラス二人が発表)

 最初の発表は27回卒の榊原和加子さんが進行役を務めた♡グループから。榊原さんとメンバーのお二人から説明があった。
 「みんなの一番の思いは“つながる”ということでした。関連のキーワードとして、まず出てきたのが、《第五−富士DNA》。初めて会った富士高の卒業生と話していると、この人、富士高生だったんだな、と感じることが多いですよね。それが第五−富士DNAです」「学校群制度があったときの世代は、同じ群の西高校に対抗意識があり、女性がたくさんいて羨ましがられるような文化祭をやることが自慢で、そんな思い出で結束を固めていました。しかし、現役時代にそんな思い出がない後輩たちもいる。その人たちとも心を一つにするには、OB、OGたちの人脈を活用できるような窓口を作ることが必要ではないかという話になりました。若い後輩たちや現役の中高生たちをお金、気持ち、能力など、様々な形で支援する人的ネットワークができれば、第五−富士DNA(あるいは文化祭力)とつながっていくのではないかと思いました」「キーワードとしては、《一生富士校生〜100周年祭》などもありますが、そのうえで「『戦争と学校』『映像で歴史を振り返る』『美術展』『大オーケストラ+大合唱団』『富士ロックフェスティバル』といった具体的なイベントがあって、記念グッズが生まれるという流れです」


(キャッチコピーも光った♢チームの発表)

 次の発表は27回卒の落合惠子さんが進行役の♢グループ。
 「歴史をきちんと振り返ろう、とか100年間の歩みをパネル展示したり映画化をしたりするなどで、きちんと押さえようという話がまず出ました。第五高女の時代のこともしっかりと振り返りたい」「振り返った後は未来です。《つながり》《つむぐ》《新たな出会い》といった言葉が出ました」「《富士高が好き!》という思いをベースにしたいというみなさんの気持ちを強く感じました。《私は富士高生》《富士高で得たもの》《人生の岐路》《西じゃなくてよかった》《富士高生ってなんだ?》《自由と責任の伝統をPR》など富士高への熱い思いが出てきました」「そこで、イベントをみんなでやろうよ、という話になりました。《富士高祭》《青空廊下》などの言葉が象徴するように、非常に自由で、外に向かって開けていた。ですので、100周年でも「富士高祭」はぜひやりたいという意見が多かったです」「《校歌》もキーワードの一つで、みんなで大合唱をやりたいねという話になりました」「キャッチコピーの一押しは《富士高が好き!〜永遠(とわ)に栄えあれ》でしょうか」


(新宿生まれ、中野育ちの名コピーも)

 最後が「第五高女の卒業生から昨年の卒業生までいる」♠グループ。27回卒の横山雅之さんから。
 「《過去を知り未来へ進もう》《人に歴史あり、富士高に歴史あり》など、歴史を知った上で未来に歩もうという意見が多かったです」「校歌の《永遠に栄えあれ》というキャッチコピーは我々のグループでも挙がっていました」「第五高女の先輩からは《創立100年の想いをつないでいきましょう》《新宿生まれで中野育ち》という言葉も出てきました」「《つなぐ》というキーワードは我々のグループでも出てきました。世代と世代をつなぎ、過去と未来を100周年でつないでいこう。先輩方からは「100年はワンステップ。次のステップはあなたがたにお任せします」というお話もありました」「そして《楽しむ》。《和と輪とワ〜イ!》《つながりムーブメント》《つなぐ青春、100周年》などのキーワードの提案がありました」「一番若い方からは校長先生の《本気(マジ)で富士》《真剣(ガチ)で若竹》という言葉も紹介されました」「そして《I♡FUJI》。なぜ富士高校が大好きなのか各世代の違いを探求する機会にしたいという声もありました」。


(100周年事業検討委員会委員長の上瀧さんが総括)


(100周年事業スタートに集結した仲間たち)

 ワークショップで、想いは共有できた。今後若竹会では、100周年のキャッチフレーズを決定。100周年に向けて具体的な一歩を記していく。ご参加のみなさん、ありがとうございました!

 みなさんが想いを記したA4サイズの紙はこちら:(当日欠席の方のアイデアも含まれます)
(高校27回卒・相川浩之)
 6月25日(土)午後2時より、都立富士高校・書道室において、若竹会理事会が開催された。理事26人を含む40人が出席した。
 会長、名誉会長の挨拶の後、以下の内容で議事が進められた。


1 平成27年度会務報告
   100周年に向けて①、新理事歓迎会、富士祭ツアー他
2 平成27年度決算報告と監査報告及び承認
3 若竹会会則の改正
   若竹会設立期日の明記、副会長の増員等
4 新役員の承認
5 平成28年度業務計画の協議と承認
   ・同窓会名簿の発行―会員情報の更新、メールアドレスの取得
   ・100周年に向けて②
   ・同窓生講演会、富士祭ツアー、新理事歓迎会他
   ・秩父先生への感謝状贈呈
6 平成28年度予算案の協議と承認
7 出席者の意見交換
 2020年に都立富士高校が創立100周年を迎えるにあたり、どのような事業をどんな態勢で行うかを検討する「若竹会・母校創立100周年事業検討委員会」の第二回会合が9月26日午後、都立富士高校校長室で開かれた。10人の委員のうち、8人が出席。活発に意見交換した。



 今回出席した委員は、須知正度若竹会会長、上野勝敏都立富士高校・附属中学校統括校長(若竹会名誉会長)、上瀧守委員長(高校22回卒)、反中章子さん(高校23回卒)、増山秀人さん(同)、小久保隆さん(高校26回卒)、飯島章博さん(高校31回卒)、神津伸子さん(同)。
 100周年事業検討委員会の事務局は、若竹会側が高校27回卒の相川浩之、落合惠子、榊原和加子、鈴木眞理、学校側が、29回卒の岩越司、38回卒の橋場友彦が担当する(以上敬称略)。



 冒頭、須知会長が「9月12、13の両日、富士祭があり、卒業生の方々にご参加いただき、昨年に引き続き『富士祭ツアー』を開催いたしました。上野校長のご努力のおかげで、皆さん、有意義に過ごされたと聞いています。今後も富士高校、附属中学校と協力していろいろなことを進めていきたいと思います」と挨拶。

 上野校長は「今日はご来校いただき、ありがとうございます。今日は午前中、なかのZEROで、中学生の募集活動の一環で、講演をしてきました。900名ほどの方々にお話をさせていただいたのですが、その冒頭、『今日は学校に戻ると、100周年の準備委員会があるんですよ。2020年の東京オリンピック・パラリンピックが行われるときに100周年を迎えます。皆さんが入学されると高校2年生です。一緒に100周年を祝いましょう』という話をし、拍手をいただきました。富士をこよなく愛する先輩方のおかげで、募集活動にも弾みがついております。また和やかに第二回の会合ができると思います。どうぞよろしくお願いいたします」と語った。

 議論に入る前に、事務局から、「佐藤美智子の50年」展への後援について説明があった。
「若竹会後援というご了承を得ましたので、先日の富士祭で、『佐藤美智子の50年』展のチラシを配らせていただきました。佐藤先生と若竹会の関わりを少しだけ話させていただきます。同窓生講演会の2回目、高橋明也さんにご講演いただく際に、佐藤先生にご協力いただき、先生の教え子である美術選択の卒業生の住所をお聞きして、講演会のご案内をお送りした経緯があります。講演会は人集めに苦労するのですが、佐藤先生から情報をいただき、大勢の方に集まっていただきました。それがきっかけとなって、『佐藤美智子の50年』展にもつながりました(詳細は若竹会ホームページの佐藤先生のインタビュー参照)。31回卒、39回卒の卒業生らが発起人となり、準備を進めています。若竹会とのつながりの深い佐藤先生を、卒業生が応援するというプロジェクトですので、須知会長、上野校長にご説明し、若竹会の後援とチラシの配布のご了解を得ました。また、こうした美術展を開けば、会場には大勢、卒業生がお見えになりますから、若竹会が後援すれば、そこでまた、若竹会とのつながりも深まるわけです。こうしたギブアンドテイクの関係ですから、『佐藤美智子の50年』展を100周年事業のプレイベントと位置付けていただいて、盛り上げていただければと考えています」「readyforというサイトを使ってクラウドファンディング(大勢の方からネットを通じて資金を集める仕組み)をしており、100万円を集める目標で、順調にお金が集まっています。100周年事業では資金集めも大切なテーマになりますので、卒業生を中心とした資金集めは、100周年事業のウォーミングアップにもなります。富士高校の卒業生に、豊島区立駒込中学、都立千歳丘高校の卒業生も加わった約50人から成るプロジェクトチームもできており、人的協力という面でも、100周年事業のモデルケースになると思います。佐藤先生は100年間の中のほぼ、5分の1の期間、富士高校にいらっしゃったわけで、恩師に焦点を当てるという意味でも大事なプレイベントになると思います」。

 今回、議論したテーマは、①100周年事業のコンセプト、②人をどう集めるか、③お金をどう集めるか、④イベントをどうするか〜第五高女関連企画の4つ。
 事務局が事前の事務局会議でまとめた案をたたき台に、委員から意見を聞いた。
 100周年事業のコンセプトの事務局案は以下の通り。
・「次の100年」のために投資する
・同窓会の存在意義について考える
・過去100年の歴史に再び光を当てる
・世代間の交流を進める
・学校を支援する
・キャリアでつながる(同じ学年、同じクラブ活動といった学校時代の軸だけでなく、卒業の同じキャリアを歩んで人たちをつなげていく活動)
・若竹会の組織を作り直す

 コンセプトについては事務局から説明があった。
 「委員長とも議論したのですが、委員会で全部決めてしまって、『これでやるから協力してください』ということでは、参加意識が高まりません。ですので『100周年ってなんだろう』『富士高生ってなんだろう』といったことはワークショップ形式で、広く卒業生に議論していただいて、キャッチフレーズは決めたいと思います。けれども、コンセプトといった場合に、1つではなくて、これとこれとこれは考えていかなければならないねというのはあるのだと思います。会社の定款のようなものとも言えるでしょうか。ですので、網羅的にいろいろな考えを出していただけるとありがたいです」。
 委員から意見を聞くのに先立って、事務局のメンバーがそれぞれの意見を述べた。
相川(事務局)「週刊ダイヤモンドの8月22日号で、英語・キャリア教育を重視した『新学校選びランキング』というのが発表されて、富士が8位に入りました。公立ではトップのランクでした。若竹会が中学二年生向けにキャリア講演会をしていることも寄与して上位にランクされました、こうしたキャリア教育への協力は、同窓会が最も手がけやすい学校支援だと思います。同窓会というと、学年、クラスが一緒、クラブ活動が一緒といった学校時代の区分けしか考えない部分がありますが、同窓生が卒業後、どんなキャリアを選んでいるのかという切り口で見ていけば、キャリア教育への協力が容易になります。ですので、事務局案として、『キャリアでつながる』というコンセプト案も提示しています」。

榊原「同窓会の存在意義というのは非常に重要だと思います。卒業して、同窓会としてつながるのは、40歳過ぎくらいからだと思うのですが、非常にいい仲間なので、みんなで会って仲良くなっていくのが同窓会かと思います。100周年に絡めて言いますと、ワークショップのような形で、みんなでもう一度議論して、自分たちの価値観を固めていくという作業が重要ではないかなと思います。上から『こうやろう』というのは簡単ですけれど、下がついてこないので、一番下のほうから作り込んでいって、上に持っていく、上と下で調整するような形、ボトムアップの方が、うまくいくのではないかなと思います。なんで若竹会があるの、という根本的な意識が揃っていないと、みな、全然動かないと思います。自分たちが楽しめればいいというだけではなく、学校には生徒さんもいらっしゃるわけですから、そこへの支援とかつながりとかをもう一度、確認し合った上で、何をやるかというのを詰めていかないと、始まらないのではないかと思います」。

鈴木「同窓生はたくさんいるのですが、共通の意識を持つというのは難しいと思っています。18歳くらいのときに8000円を払って自動的に若竹会に加入したわけですが、振り返ると、若竹会のことは何も考えずにきました。同期会が盛り上がって、集まるようになって、その延長で、いま、若竹会の活動をしているのですが、富士高の卒業生である私の娘二人の、若竹会に対する意識は希薄です。毎日が忙しくて、まったく同窓会について考えることがない。でも、大部分の若い世代がそうなのだと思います。ですから、若竹会の会員の一人ひとりが、何か立ち止まって若竹会のことを考えられるような、気づきを与えられればいいのではないでしょうか。それが、ワークショップなのか事業なのか、パーティーなのかはわかりませんが。言葉でもいいと思います。そういったものを共通意識として持たせる、負担にならないように。いくら多くの言葉を発しても届かないことの方が多いですから、そこが重要なんじゃないかな、とすごく思っています。何のために若竹会はあるのかという存在意義を考えるーー。自分のなかに『若竹会』が存在していない人がほとんどだと思うので」。

落合「私は、しばらく若竹会の役員をやっていたのですけれど、須知会長になってから、同窓生を講師にした講演会をやろうとか、富士祭に人が来てもらえるようにしようとか、いろいろなイベントを考えて人集めをしようとしたときが、とても大変でした。つながっていない、ということを、すごく感じました。理事制度が崩れていましたし、横の関係は同期会があったりするのですが、縦につながっていないということを非常に感じました。このままでいくとーーという危機感を覚えました。ですから、いま、ここにいるんですね。同窓会活動に何が必要かを考えると、組織を作り直すことが必要だと思って、ここにいるんです。暇だからやっているんだろうと思われがちなんでうけれど(笑)、目指しているところはそこなんですね。組織をみんながつながる組織にしたいと思いますが、そのへんを(多くの同窓生に)話しても通じないというところがありますね。今回、富士祭でツアーに参加してくださったり、受付を手伝ったりしてくださって、私たちと足並みをそれえてくれると、やっとこういうことなのかな、と理解出来るようです。私は『若竹会組織を作り直す』ということが頭にあるのですが、そのためには、一緒に、少しずつ、何かをやっていく、ということが大事だと思います。言葉で言ってもなかなか通じませんから、なんとか仲間に入っていただいて、一緒に活動を重ねていくことが大事じゃないかと思います」。

各委員は次のような意見を述べた。
反中「私も若竹会の存在意義については考えさせられることが多いのですが、同窓会を考えるときに、ほかの学校はどうしているのかというのがヒントになると思います。そもそも同窓会活動やっているところどれくらいあるのか。そいて、画期的イベントをしているところも、いろいろあると思いますが、同じ歴史もつ都立高校がどういう同窓会を持っているかを調べるのが大切だと思います。例えば、会誌に、ほかの学校での考え方などを取り上げていただけるといいのではないでしょうか」。

小久保「コンセプトというのは『向かっていく方向』ということだと思います。抽象的なものなので、説明しにくいと思ったのですが、わかりやすいように、こんなことがあったのだというお話をまずさせていただきます。
 私は富士高を卒業して音楽を生業にしています。たぶん、レアケースだと思います。そういうレアケースが他の年代ではどれくらいあるのか、知りたいと思ったことがあります。1年下の27回卒に、山岸さんという人がいて、彼女がミュージシャンなんですが、数年前まで彼女のことを全然知らなかったんです。彼女は精力的に活躍されているのにそれを知らなかったことがとてもショックでした。それを広げて考えてみますと、富士高というインフラが同じということはとてもありがたいことなんです。同じインフラの中で、しかも私がやっていることと近いことをしている人がいれば、何かコラボレーションができないかと思うのです。そんなことを考えたときに、同じようなことをしている人はどれくらいいるのだろう、どこにいるのだろうと思ったのですが、それがわからない。そうした情報を得る方法が、いまはまだまだだなと思うのです。
 フェイスブックなどをみていると、世代を超えていろいろな情報が入ってきていろいろな出会いがある。卒業生に関するいろいろなデータベースを、より濃い、より意味のある、より価値のあるものにできたら、僕がショックを受けるようなことはなくなるのだと思うのです。それって、大事で有意義なことではないかと思うのです。データベースをつくるということがコンセプトになるのかどうかはわかりません。コンセプトというと『卒業生が見えてくる』という感じになるのでしょうか」。

飯島「いま、小久保さんがおっしゃられたことは正しくて、僕も、ちょっとレアケースでCMを作っているんですけれども、偶然、電通で、『僕、後輩です』といってくれた人がいて、そうすると、知らない同士で話しているよりも、つながりがうまくいき、イベントがあるごとにどんどんつながりが広がっていくようなことがあります。
 『うちの高校から清原が出たんだよ』とかいうのは、出身校の価値を高めますので、各分野で活躍されている方、がんばっている方がいれば、現役の方にも夢を与えられるのではないかと思います」

増山「目をつぶって、同期の顔を思い浮かべることはできますよね。では、同期を超えて先輩、後輩の顔がどれだけ浮かぶかというと、ほとんど浮かびません。おかげさまで90周年のビデオ制作を通じて、顔が浮かぶ人が増えましたが、何かをするときに顔が浮かんで話ができるというのは財産だと思います。それをもう少し具体化できたら第五、富士の資産は大きく役立つのではないでしょうか。そういう意味で『第五、富士をつなぐ、紡ぐ』というのが私のテーマです。過去があって2020の現在があって、それを100年後の未来にもつなぐ、紡ぐことができたら、と思います」。

神津「富士高校が輩出した人々が財産だと思っているので、横はつながっているが、縦がつながっていないのならば『キャリアでつなぐ』というのは、若い人たちにとっても、食いつきがいいと思うので、コンセプトのひとつになってくるのではないかなと思います。それをどのように実現しようというかですが、SNSも活用して、エコノミストの特集記事に推薦できるような人は取り込んでいって、記事にして、講演もしていただくような流れを作り上げる、2〜3年のプロジェクトを考えればいいのではないでしょうか。『若竹会100年を作った100人』みたいな企画を考えてもいいかもしれません」。

須知会長「富士にいたときに、どんなことを感じていたか。卒業してからどんなこと感じていたかをいつも考えます。私は富士高校に転校してきたのですが、富士に来て良かったと思っています。富士に来てから、学んだことを自分で整理して考えることが習慣づけられました。証券会社に入り、調査を担当しましたが、事実を調べてそれをもとにしてリポート書くときにも、富士で学んだ
スタンス、物の見方は役立ちました。その意味でも学校支援はぜひしたいと思います。特に、『探求未来学』を応援したい。そして、100周年事業では、卒業生に『富士にいたときの3年間に何を感じたか』を問うことが大切ではないかと思います」。

 学校側事務局メンバーにも意見を聞いた。
岩越「戸山高校にいたことがあり、120周年事業をやりました。経済界や企業に多くの人材を送っている学校なので、企業の中の戸山会だけで名簿ができるそうです。常駐の同窓会組織があって、毎年、5mm以上の厚さの会報が出ている。ただ、毎回同じ人が同じような記事を寄せている。
 次にどんどんつなげていくためには、いかに若い子を巻き込んでいくかということだと思います。若い子を巻き込むというのは、話をしたうえで任せるということだと思います。
 それと、卒業生をつないでいるのは先生だと思います。富士の同期会では、教わった先生全員に声をかけて、5年に1度やっています。ゆるやかな集合体の中で求心力があるのは比較的長くいた先生、その時期に一生懸命やった先生です。先生をどういうイベントの中で、あるいは記念誌の中で生かしていけばいいかなと聞きながら思っていました」。

橋場「最近、私たちの世代は組織力が低下していまして、上の世代の人のほうが組織づくりがうまいんですね。ですから上の世代の人が作った組織を維持するのが嫌でやめてしまうこともあるんですね。同期の連中はいまが一番忙しいといい、どれくらい時間が割けるのかなという問題があります。もっと下の世代になると、そもそも関心がなかったりします。盛り上げていくためにはこうしたイベントがあるという花火を打ち上げることは大切だと思います」。

 上野校長からは、高校と若竹会の関係をさらに強固にする構想も披露された。

上野校長「富士は文系に特化して強い高校と思われているのですが、理数にも力を入れて“文理両道”にしたいと思っています。そのうえで、私が目指したいのは、“土曜日寺小屋”です。四時間目までは授業がありますが、その後、ふらりと学校に来ていただいて、そこで若竹会の先輩たちに学校に来ていただいて、子供達に先輩として語っていただきたい。後輩の悩みを一緒に考えてやっていただきたいと思っています。60歳前後になると、悠々自適の人や第二の人生を考える人が多いですが、現役時代の知識や経験が途切れてしまうのは惜しいです。現役時代の経験や、なかなか語れない失敗についてぜひ語ってほしいのです。40〜50歳も離れていると、孫に語るような感じで話せると思うのです。これを富士独特の学校支援の形にできないかと考えているのです」。



 「どう人を集めるか」の事務局案は以下の通り。
・同窓会の意義から、少しでも多くの人に考えてもらう。
・「コンセプト」は委員会である程度詰めるとしても、「何をするか」「キャッチフレーズをどうするか」などは一から各期の卒業生に考えてもらう。
・5年先の100周年をイメージでき、しかも協力しようというような人はほとんどいないのではないか→プレイベントとして「ワークショップ」を開催したい。
・「クラウドファンディング(大勢の人からお金を集める)」「クラウドソーシング(大勢の人に仕事を任せる)の「考え方」を取り入れる。すなわち、若竹会が過去の周年事業でも執り行ってきた事業(記念誌発行、記念パーティー)は別にして、新規事業に関しては、プロジェクトを一定期間示して、お金や人が集まることを条件に実行する。
・「理事」が稼働していない期も多い。理事経由での人集めが基本だが、それ以外の方法(フェイスブックなど)で、広くワークショップへの参加を求め、そのなかから、協力スタッフを集めることが現実的。
・若竹会役員、事務局も、平時の布陣。行動力のある30回卒以降のスタッフを募集したい。

 上瀧委員長から「フェイスブックのメンバーや理事などに対してどうアプローチするか」についてさらに説明を求められ、事務局が回答した。
「見かけは1000人以上のメンバーがいても、常時書き込みをしたりしてくれるのは数十人だったりしますので、単にその場で告知をしても人は集まらないと思います。アクティブな人、一人ひとりに声をかけて、参加を求めるしかないと思います」。「理事はネットワーク作りを進めているのですが、若い世代はあまり機能していません。また、理事名簿にある人で、理事会に参加されない人と連絡をとってみると、その人が同期会などに関わっておらず、理事としての職責を果たしにくいというケースが多いこともわかりました。理事も含め、新たな人材の開拓が必要です。現実には31〜34回卒あたりの、いま、活動が最も活発な世代を中心にしていくのがいいと思います」。

 この後、飯島委員が提案する「大人の文化祭」の構想に即して議論した。
飯島「祝賀会や式典は閉じた形でホテルなどで行われます。そこだけの人たちで盛り上がるのはもったいないと思うので、そういうのは体育館で朝9時から2時間やる。その後、オーケストラとコーラスのOB、OGで第五と富士の校歌を演奏し歌います。その後、偉い方に講演をしていただく。あと、50部屋くらい教室があるんですね。それを使えば、各期が部屋を使えるだろうと思います。31期は『やるぞ〜』と言ったら50人くらいは来ると思うんですが、何をやるか、部屋の活用は各期に任せればいいと思います。同期の偉人の展示をしてもいいし、バンドが演奏をしてもいい。バンドは期をまたがって、バンド合戦などをしても面白い。各期で、企画。会計も別々にやれば、やりやすいのかなと思います。
 同期会活動があまり活発でない期は、その期の有名な方、例えば書道の有名な方がいれば、書道展を開くとか、多くの参加が無理な期は、そんな形で参加していただければ、できそうな気がするのですが」。

上野校長「学校や体育館を開放できるのは、生徒が試験前で、部活動ができない時だけなんです。分かりやすく言うと、同窓生の皆さんは集まれるけれど、現役の子供たちは集まれない。だけど、同窓生だけの集まりとしては可能性があります。それと電気代などの実費は必要です。今年はもう無理ですが、来年の計画として、『同窓会総会』として大人の文化祭を試行で来年やってみるという手もあります」。

上瀧「校長先生から重要なヒントもいただいたので、来年、考えてみる手もありますね」。



 3つ目のテーマは、「お金をどう集めるか」。
 事務局案は以下の通り。
・会報「若竹」に資金援助の依頼と、振込用紙
・クラウドファンディングは短期に特定目的の資金を不特定多数から集めるのに向いており、100周年事業の計画にはあまり向いていない。
・「学校支援」が共感を得やすい?
・「若竹会の活動資金不足解消」は、訴え方を慎重に(寄付でなく、会報若竹の郵送費聴取など受益者負担が筋かもしれない)。

 上野校長が口火を切った。
上野校長「中学三年生に、アメリカのシリコンバレーに行って理数系の体験研修ができないかを計画しています。修学旅行ですと、生活保護家庭の生徒に対し費用がすべて出るのですが、研修旅行は受益者負担になってしまいます。経済的に苦しくて、本当は研修に行きたいのに行けない成績優秀な生徒に、毎年、1人でも2人でも『同窓会枠』で、例えば半額を支援していただくというのは、子供達にはありがたいことなのですが」。

上瀧委員長「いまの話は生徒さんに対する支援の大きな柱になると思います。若竹会に対する支援は、寄付金を募る時、どんな使途に支援するかという選択肢があって、その中には、使途は自由にしていいという選択肢もあるーーという形が一般的じゃないですか。選択肢のなかに、若竹会の運営支援、足腰強化がある、というのでいいのではないですか」。

飯島「やはり、いくつかの具体的な話があると、お金を払う気になりますね」

反中「シリコンバレー研修の支援などは払いたくなりますね」

事務局「クラウドファンディングでは、支援を募る際のストーリー次第というところもあります。納得して心が動かされれば払ってくださるし、関係ないと思われれば払っていただけない」。

飯島「会誌に広告を載せるとことは可能なのですか。企業のトップもいるので、それは卒業生の紹介にもなるし」。

上瀧「それは私も思っていることです」。

事務局「記念誌では試してもいいかもしれませんね」。

小久保「よく、テレビのローカルの番組から、あなたを取材にして番組にしたいという話が時々、くるのですが、よく聞くと、こちらがお金を払うんですね。同じようなことをしてもいいのではないですか(笑)」。

上瀧委員長「宣伝ベースのものを作っても僕はいいと思っています」。

事務局「これからの時代は、寄付の方が集めやすいかもしれません。広告ですと、本来は広告効果が求められますから。大企業だと広告効果を聞かれます。同窓会だと効果については求めないかもしれませんが、それならば、初めから寄付でもOKだと思います。その方が寄付してくださったという事実を載せれば、広告と変わらないと思います」。

上瀧委員長「寄付してくださった方の名前をちゃんと出して、感謝の気持ちを表すことは重要ですね」。

事務局「学校支援のため、あるいは同窓生のためにはこうしたことをしていますときちっとアピールして、全体としてはお金が足りません。放っておくと、少子高齢化で若い人たちの負担が重くなってしまいます、といった訴えかけになるのでしょうね」。

落合「みなさん、若竹会の収入がなんで減っているかはわかっていない方が多いと思います。500人くらいいた卒業生がいまは200人くらいになっているということをきちっと説明していないなと思います。若竹会の運営が下手でお金がなくなっているわけではありませんから、説明しなければいけない。それから、先ほど、いろんなキャリアの人のデータベースを作るという話が出ましたが、それにも人の手がかかるわけです。お金も必要なわけですが、そういった日々の運営活動費は自腹になっている。そういうところも理解していただき、支援していただけるといいなと思います」。

相川「キャリアのデータベース化の話などはしっかり説明して、構築費や運営費の支援をお願いするのにいいテーマかもしれません。目玉事業を前面に出して寄付を求めることは大切ですね」。



 最後のテーマはイベント。
 増山委員から第五高女関係の企画案を中心に提案があった。
増山「一つ目のテーマが、第五・富士の校歌を管弦楽で繋ぐ演奏ということです。前回、橋場さんから第五と富士のオーケストラのスコアをいただきました。この二つはあります。あとはこれをどううまく繋げるか、です。
 二番目が、第五・富士の校歌を歌う、です。上記演奏をビデオ撮影します。
 三点目が「映像アーカイブス」です。8ミリやビデオで撮られた映像をデータベース化したいと思っています。そのために8ミリ映写機、編集機は2台ずつ確保しました。各期に映像を1つに絞り込んでもらってのアーカイブにしたいと思っています 
 四番目が第五校舎のカラー化で、五番目が、歌舞伎町弁天様に第五高女碑の建立するという企画です」。

事務局「第五のプロジェクトは今回了承していただいて、増山さんにどんどん進めていただきたいと思います」。

上瀧委員長「増山さん、第五関係のプロジェクトについてはうまくコーディネートして進めてください」。

事務局「次回会合は4月9日(土)13時から、ということでお願いします。その間の議論はメーリングリストで行い、必要があれば、関係者が集まって議論するということにしたいと思います」。

神津「ロゴマークの決定も急ぎたいですね」

事務局「キャッチフレーズを決めた上で、ロゴマークにもかかりたいと思います。時間はたっぷりあると思っていたのですが、意外にないということが本日の委員会でわかりました」。
(事務局)
 富士祭のイベントや展示を見学する、若竹会主催の「富士祭ツアー」が9月12日午前、昨年に続き開催された。定員いっぱいの15人が参加があり、榊原和加子、上瀧守両役員の役員2人が付き添った。今年は上野校長が自らツアーを先導してくださるというサプライズもあった。


(1)校長室(上野校長先生から学校の現況説明)


(2)管弦楽演奏 鑑賞


(3)お点前 頂戴 


(4)薙刀部演武 見学


(5)バスケットボール招待試合 応援


(6)八ヶ岳研修成果発表 聴講


(7)校長室 解散

<ツアー事務局感想>
榊原:文化祭は学校生活を映す鏡。管弦楽のアンサンブルでなじみの曲を心地よく聴けるのは、日々の練習の成果。お茶室のおもてなしの心。演武を取り入れたリズム薙刀の気迫と統一感。入退場も伸びた背筋が美しい。中1生の八ヶ岳初めての課題発表。
 毎年同じ学園祭のようで、それを担う生徒たちは年々入れ替わっている。日々何かに向かって努力している生徒たち、指導する先生方。あと5年で100周年を迎える富士。同窓生ツアーを先導してくださった校長先生始め先生方のご尽力にお礼申し上げます。

上瀧:カメラマンとして同行。薙刀部の演武に第五高女を想い、バスケの試合に戸外にコートがあった在校時代の招待試合を思い出し、八ヶ岳研修成果発表に現在の中高一貫校たる富士を理解、母校の途切れぬ歴史を感じました。このようなツアーに全面的に協力して頂いた上野校長先生始め学校当局に心から感謝いたします。
 2015年度の若竹会理事会が、6月27日(土)午後2時半から4時半まで、富士高校の書道室で開かれた。代理含む理事32人、役員・事務局10人、先生方4人の計46人が参加した。決算、予算や新役員の承認といった通常の手続き案件だけでなく、会計、名簿、創立100周年、理事ネットワークの整備など、多くの懸案について役員会から説明があり、各理事と活発な意見交換があった。



 冒頭、須知正度会長が挨拶。「本日は、卒業されたばかりの67回、そして65回、64回の理事も出席してくれた。そのほかにも、多数の理事が出席してくれたが、連絡がなかなかとれない理事もいる。若竹会の役員と理事、理事と会員を結ぶネットワークが若竹会の活動には不可欠で、 そうした、いわばインフラを構築する作業を地道にやっていきたい」と語った。



 続いて若竹会名誉会長でもある上野校長が「伝統を生かしながらも、新しい学校作りが進んでいる。同窓会からは中学生を対象にした講演会をはじめ、絶大な支援をいただいている。 熱烈なファンクラブを大事にしていきたい」と挨拶した。
 議事ではまず、役員の交代があった。副会長の落合惠子さん(高校27回卒)が幹事(会報若竹及びホームページ編集、役員会事務局担当)となり、後任に上瀧守さん(高校22回卒)が就任。会計監査の秋元公彦さん(高校24回卒)が退任し、後任に田端洋子さん(高校22回卒)が就いた。
 2015年度の役員の布陣は以下の通り。

 会長 須知 正度(高校18回卒)
 副会長 小森 杜喜子(高校18回卒)
 副会長 上瀧 守(高校22回卒)
 会計 前田 和子(高校18回卒)
 会計 鈴木 眞理(高校27回卒)
 会計監査 田端 洋子(高校22回卒)
 会計監査 榊原 和加子(高校27回卒)

 役員とは別に、若竹会は、活動に必要な人材を若竹会会員の中から選び、「幹事」として委嘱している。今年度の幹事は落合惠子、相川浩之の二人(ともに27回卒、役員会事務局、ホームページ、会報「若竹」編集担当)。
 
 若竹会事務局は、引き続き岩越はるみさん(29回)が担当する。

 会計報告では、須知会長が、「新会員会費だけでは毎年の収入を賄えないが、当面、不足分は若竹会協力基金会計で賄う。新年度から若竹会入会金を引き上げるとの先生方の提案もあったが、それ以外に、卒業生全体から徴収、寄付を募るなど、様々な選択肢があり、今後、記念事業の寄付の検討と合わせ、100周年事業検討委員会で議論し、次の理事会に諮る」と説明した。



 名簿管理に関しては、名簿管理や会報「若竹」の発行・発送を委託しているサラトの岡部克巳、杉田哲也両氏に出席してもらい、説明を聞いた。要点は次の通り。
・サーバー内で管理している氏名、住所、勤務先等のデータは、バラバラのファイルとして管理しているため、悪意ある人間がアクセスしてコピーしようとしても意味のある住所データとして再構成ができないようになっている。
・データサーバーはインターネットと接続しておらず、ネットを経由した外部からのアクセスは不可能。
・全社員のアクセスログ、作業履歴をとっており、複数の人間でアクセスを管理。
・システムも自社で開発したので、外部のエンジニアがデータを持ち出す心配もない。

 また、紙の名簿の発行についても「5年に1度のペースで発行しているが、発行の際に調査はがきを出し、内容や、載せてもいいデータの確認をしてから個人情報を掲載している」との説明があった。
 関連して、役員会事務局(相川)から以下の説明があった。
・会報「若竹」が届かない「住所不明者」のリストを今年、サラトからもらったので、各期の理事に渡す。
・会員情報はデータベースがあり、そのなかの一部の情報を紙の名簿として発行している。もとのデータについては、職種、クラブ活動、メールアドレスなど、若竹会の今後の活動に役立ちそうな情報もサラトに集めてもらう方向で調整する。

 理事から「各期がわからない卒業生の情報を逆に教えてもらえないのか」と質問があったが、「その必要はあると思うが、その体制ができていないので、今後、どんな形で、各期と若竹会が卒業生のデータ入手で協力できるか考えていきたい」と役員会事務局が回答した。

 100周年事業検討委員会に関しては、22期の理事で、今回副会長に就任した上瀧守・母校創立100周年事業準備委員会委員長から以下のような報告があった。
・4月25日に開催。設置要綱(目的①創立100周年をどう位置づけ、どう祝うか②どのような記念事業を実施するか③各種記念事業を実施するために、ヒト、モノ、カネをどう調えるか④創立100周年を機に同窓会組織「若竹会」の体制をどのように改革するか−−など)を了承。委員長に上瀧氏を選任。
・学校側の行事と連携すること、実施事業やイベント、募金などについて議論した。
・次回は9月26日開催。100周年事業のコンセプト、位置づけの明確化、イベント等の案、その担当者について話し合う予定。



 この後、全理事に、自己紹介の後、1人1分程度で100周年記念事業に関連した発言を求めた。 
 主な意見は次の通り。
・1)第五の校歌と富士高校歌をつなぐ2)映像アーカイブス3)歌舞伎町の弁天様のところが第五発祥の地=碑を建てる4)第五の校舎は瀟洒な校舎だったので、モノクロ写真をカラー化してみたい(23回、増山)
・同期会をやったばかり。映像、音楽をふんだんに使った。演出面で協力できる(31回、長)
・若竹会の教材室に「手作りの卒業アルバム」などお宝資料がたくさん眠っているので、それをぜひ発掘してもらいたい(23回、反中)
・資料は散逸する前にできる限り整理し、大切な資料はデジタル化したらどうか(22回、衛藤)
・在校生とも連携できるイベントはできないか。現役とのつながりを大事にしたい(26回、安倍)
・幅広い年代に参加を求める(41回、渡邊)
・記念事業の一つとして募金活動をしてはどうか(8回、伊藤)
・在校生と卒業生の連携イベントの開催、クラブ活動、同好会なども絡めたい(32回、吉田)
・100周年を機に、母校に関する知識を深めたい(67回、富樫)
・何かしら形に残る記念品を残したい。たとえば、ボールペン、シャープペンなどの文房具(64回、三神)
・還暦同期会でフォークダンスをした。そんな企画もいいのでは(24回、秋元)
・毎年同期会をやる脂ののった世代なので、実行部隊として我々の代は役に立てるのでは(34回、前田)
・昔は個人情報のやり取りがうるさくなかったので、卒業生のデータは容易に集められたが、いまは難しい。若い世代は、しっかり同期の連絡先をつかんでおいたほうがいい(12回、松尾)
・若竹会の90周年の記念パーティーは、前年に同期会があったこともマイナスに作用し、出席がわずかだった。早めに参加したいという気分を醸成すべき(20回、小山)
・100周年の記念品はボールペンより「しおり」がいいのではないか。減らないし、忘れた頃に本の間に挟んであるのが見つかったりしていい(65回、金川)
・隣接する佼成病院跡地を購入して、会館を建てたらどうか(50回、加藤)
最後に、須知会長が改めて「理事制度の活性化がいまの最大の課題。卒業時に決まった理事は個々人の事情で続けられない人もいると思う。臨機応変に新しい理事を選出してほしい」と訴えた。また、今春、卒業したばかりの新理事(67回)との懇親会を初めて開いたことを明らかにし、「これからはあるまとまった年代ごとにこうした会を開いてもいいかもしれない」と語った。そして、「理事のネットワークをメーリングリストで作る。これからは1年に1度でなく、随時情報交換ができるようにしたい」と結んだ。
                  (高校27回卒・相川浩之)
 若竹会は、5月16日(土)、今春卒業した67回卒の新理事らの歓迎会を、皇居の和田倉門近くにある和田倉噴水公園レストランで開催した。新理事ら7人と若竹会の役員会、事務局のメンバー9人が参加、和やかな雰囲気のなかで懇談した。
 若竹会は各回卒の代表である理事で構成する理事会で会の予算や毎年の事業を決めている。しかし、年1回の理事会に出席する理事は少なくなっており、若竹会は今年、理事のネットワークの整備を最大の目標に掲げている。まずは歓迎会で“理事1年生”と最初の顔合わせをすることになった。

 心配された空模様だったが、集合時刻の午前11時ごろになると夜中から降り続いていた雨も上がった。雨で洗われた皇居の美しい緑に囲まれたレストランで、67回卒の新理事と役員・事務局との初めての対面がかなった。



 今回参加してくれたのは、理事4人とクラス委員3人の計7人。67回卒業生たちの場合、理事を選ぶ際にまずクラス委員(同窓会関係のクラス内の連絡、とりまとめ役)を選出し、そこから理事(同窓会関係の学年内のとりまとめ役)を互選するという方法をとった。A組2人、B組4人、C組4人、D組2人、E組2人の、計14人のクラス委員が決まり、その中から4人の理事が選ばれた。
 各回卒の理事は2人のケースがほとんどで、2人の都合が合わないと、その期の理事会出席はゼロということになってしまう。しかし、4人いれば、誰かが出席できそうだ。また、長い人生の中で、引っ越しや仕事、家庭の都合などで理事の役割が果たせなくなるときがあっても、残りの10人が代わって理事になることもできる。新しい理事ネットワーク構築の際にもとても参考になる体制だ。





 新理事を緊張させないように、という須知会長の配慮で、硬い話は一切なしで、同じ高校の先輩と後輩として、楽しく語り合った。
 自己紹介では、それぞれが自分の言葉で、屈託なく将来の夢を語ったり、富士高校で結ばれた仲間を大切に思う気持ちを披露したりしてくれた。
 クラス会をする若い世代は多いが、同時期の卒業生が集まる「同期会」でも、なかなか開かれないのが現実。自分たちの上下の世代とも交流する「同窓会」に目が向くようになるのは、40代以降になってから、というのが一般的だ。
 しかし、若い彼らは「つながり」や「富士高校の文化」を大事にしたいと表明してくれ、新しい若竹会を作ってくれるのではないかという可能性を感じさせてくれた。
 未来に向けて伸びていく彼らが、同窓会の絆づくりというものの中ににたくさんの栄養分があると感じてくれるような、そんな若竹会活動にしたい。次世代の若い人たちの力を活かし、元気な若竹会を創るためにサポートするのがわれわれ世代の役割であると感じた。



 1時間半の交流を終えて、私たち役員は次の打ち合わせのために別会場へと移動した。礼儀正しく朗らかで友好的。そんな新理事たちの印象は、午後の会議へと向かう私たちの心を軽やかにしてくれた。



 次は、理事会でお会いしましょう!

(27回卒 落合惠子)
 2020年に都立富士高校が創立100周年を迎えるにあたり、どのような事業をどんな態勢で行うかを検討する「若竹会・母校創立100周年事業検討委員会」が4月25日午後、都立富士高校校長室で開かれた。10人の委員のうち、9人が出席。自由に意見交換した。



 委員会は、須知正度若竹会会長、上野勝敏都立富士高校・附属中学校統括校長(若竹会名誉会長)のほか、須知会長が委嘱した以下の委員で構成する。
 上瀧守さん(高校22回卒)、反中章子さん(高校23回卒)、増山秀人さん(同)、安倍宏行さん(高校26回卒)小久保隆さん(同)、飯島章博さん(高校31回卒)、神津伸子さん(同)、芳根聡さん (同)。

 芳根さんを除く9人が出席、2時間にわたり議論した。

 100周年事業検討委員会は事務局を設置。若竹会側が高校27回卒の相川浩之、落合惠子、榊原和加子、鈴木眞理、学校側が、29回卒の岩越司、38回卒の橋場友彦が担当する。



 冒頭、須知会長が「母校の富士高校は2020年に創立100周年を迎えます。それに向けて、今後の礎となるようなことができればと思っています。今日お集まりの皆さんには、フレッシュなお知恵を拝借したいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします」と挨拶。

 上野校長も「富士は中高一貫教育校になりましたが、富士の伝統は脈々と続いています。2020年の富士の100周年を目指し、先輩の方々に安心していただけるような学校にしていきたいと思いますし、同窓生のお力添えでなんとか100周年を盛大に祝えるようにしたいと願っております」と語った。
 事務局から⑴若竹会・母校創立100周年事業検討委員会設置要綱、⑵若竹会記念行事の資料について説明した後、各員から自己紹介と一言コメントをいただいた。
 上瀧(22期)「第五高女から中高一貫校になった現在までを網羅するようなうまい形で記念事業ができればいいなと思います」。
 反中(23期)「私と隣にいる増山さんとは同期で90周年のときにDVDを制作しました。第五高女からのエピソードを10個くらい集めて作りました」。
 増山(23期)「100周年でやりたいと思っていることがあります。皆さんの了解を得て、ぜひ、やらせていただきたいと思います」。
 安倍(26期)<所用で遅れ>
 小久保(26期)「音の環境デザインや癒し系の音楽の制作に携わっています。イベントや音楽関係でお役に立てればと思います」。
 飯島(31期)「卒業以来、若竹会とは関わりがありませんでした。何もわかりませんが、どうぞよろしくお願いいたします」。
 神津(31期)「私も飯島同様、若竹会と関わりがなかったのですが、今回、委員会に参加させていただくことになりました。人を集めることがいかに大変かということはわかっています。皆さんが楽しんで集まれるようなものができればいいと思います」。
 芳根(31期)<所用で欠席、資料提出>
 企画メモ「愉快であること」「100周年の歴史に自分たちが参加、存在していた足跡、秘蔵写真、共有できる思い出(情報)」「合同クラス会(31期は同期会をこう呼んでいる=事務局註)マニュアル。各期のキーパーソンをつなぐきっかけに」「大人の文化祭」。

 須知会長が上瀧さんを委員長に推薦。全委員が了承し、上瀧さんが以降、議事を進めた。
 以下、主なやりとりを掲載する。

上瀧委員長 「上野校長、100周年に関して学校側のイメージはありますか」。

上野校長 「周年行事は、学校の体育館等で執り行おうと考えております。生徒が参加し、教育委員会からもご出席いただきます。そして、若竹会の皆様からご推薦いただいた方に記念講演をしていただくといいなと思っております」「100周年の記念誌を作りたいと思います。学校側が作成する記念誌と、若竹会が編集する記念誌を分冊で作って1つにできれば、一番わかりやすくていいと思います」「もう一つが祝賀会です」。

上瀧委員長 「学校側からは記念講演、記念誌、祝賀会という話がありましたが、それ以外にも、どういうことをやっていったらいいかということで、ご意見をいただけますか」

増山 「新宿・歌舞伎町にある弁天さまのところに第五高女の記念碑を建てられたらと思います」「第五があって富士というつながりを考えるならば、第五の校歌を管弦楽で演奏してほしいです」「NHKの『花は咲く』のようなイメージで、第五の方にも参加していただいて、第五の効果と富士の校歌をつなぐような形で歌えたらと思います」「第五の校舎は資料を読むと、薄緑色だったようですが、モノクロの写真しかありません。これを特殊な技術を使って、再現し、カラー写真にできないかと思います」「最後に、学園祭のときに作った過去の映像作品の映像アーカイブスを作りたい。個人が秘蔵している70年代の8ミリ、シネフィルムを表に出して、保存できる形にして、保存できればと思います。そのあとの、ビデオ作品や、最近7〜8年くらいで父母の会の方が保存している映像作品も、合わせてアーカイブにしたいと思います」

飯島 「祝賀会とか記念行事は堅苦しい感じがします。芳根君が言ったように、学校で各年代1教室くらいを借りて、大人の文化祭が1日くらいできないか。バンドをやっているような人は体育館で演奏する。各世代有名な方もいるので、そういう人を紹介するとか、ある教室では漫才をやるとか、世代によって好きなことをやればいいと思います。そんなことができるならば、行きたいと思う人が多くなるのではないでしょうか」。



神津 「クラブ活動で、硬式テニスと男子バレー部のマネジャーをしていました。自分の富士高時代を振り返ると、スポーツ、部活動との関わりが深かったので、そういう自分の思い入れがあったものを軸にすれば、卒業後、何年たっても行ってみたいなと思うのではないでしょうか」「一方で、著名な卒業生などの話を聞く機会などを設けるのも、在校生に夢を与えられるかもしれないので有意義かと思います」。

上瀧委員長 「事務局でもいろいろ検討していると思います。イベントに関して、事務局で話し合ったことを話していただけますか」

事務局 「クラブ活動を中心に音楽会や美術展をやるとかして盛り上げるというやり方はあると思います」「そういったことは2020年に限らず、その前にプレイベントとしてやってもいいかもしれません」「祝賀会は、若い人が参加したくなるような内容を考えて実施することは大事だという指摘もありました」「祝賀会については、縦の交流があまりできなかったという反省が理事会などでもありました」「第五高女の方が放っておかれるようなことにならないようにしたいという意見は強かったです。第五の方が盛り上がるようなものを考えることも必要と思います」。

上瀧委員長 「安倍さんが来られました。一言お願いします」

安倍(26期) 「100周年というのはすごいことなので、なるべくたくさんの方が出席できるようなものにしたいです。先日、中学2年生に話をさせていただきましたが、非常にレベルが高く、多摩のほうから入学したいと来る生徒もいるらしいです。新しいフェーズに入っているという感じがしました。OB、OGは富士がいま、こうなっているということをご存知ない方がほとんどなので、《新しい富士》をみんなが感じられるようにもしたいなと思います」。



上瀧委員長 「私は、お金を集めたい。子供たちのスポーツ、学業、文化的活動などを奨励するようなものができないかと思います。もちろん、学校側との調整が必要ですが、できるならば、学校を応援したい。60周年のときに1100万円を目指して募金を募ったらしいですが、今回もそれなりの金額を目標に募金をやりたいと思います」「美術展、音楽会みたなものは2020年より前から仕掛けていって、盛り上げっていって2020年を盛り上げたらどうかなと思います」「学校や先輩に対しては感謝の気持ちを表したい。仲間の間では友情を高め合いたい。後輩にはサービスをしてあげたい。感謝、友愛、奉仕の三つを考えていきたいと思います」

上瀧委員長 「いま、いろいろなアイデアが出ました。祝賀会をどうするのかとか、記念誌の話。それから、反中さんから、以前、学校に埋もれた貴重な資料があるので、それをきちんと整理したいという話がありました。アーカイブしたいのは文章もあれば映像もあるわけですね。文化祭的なもの、講演会をどうするか。あと、OB、OGが集うというところにポイントがあるものと、在校生のためになることをするという話もありました」。「いろいろなアイデアがでましたが、それをどのように、だれがやっていくかという問題があります」「この検討委員会は、実行委員会をどのように作るのかというのを決めていかなければなりません。今日の段階でそれは決められないと思いますので、もう一度、この会議をやらせていただいて、それまでの間に詰めておきたいのですが、今日は決め方や推進する人の探し方などだけを議論したいと思います」「ここにいる人たちだけでやるわけにもいかないので、いろいろな仕事にふさわしい仲間がいたら、その人たちにやってもらいたいと思っています。で、その人たちをどうやって探そうかという話なのですが、私は、若竹会の理事さんたちを通じて集めるしかない、というイメージなのですが」。

事務局 「理事は若竹会と各期を結ぶ窓口とも言える存在で、若竹会の情報を各期に流したり、各期の情報を若竹会に伝えたりする重要な役割のはずなのですが、自分の期の理事がだれかわからないという期も多く、理事制度が完全には機能していないというのが実情です」。

須知会長 「連絡のとれない理事をなくし、各期と理事を通じてしっかり連絡をとれるようにしなければいけないと考えて、対策を講じようとしているところです。100周年のアドバルーンを上げる前に、そういうインフラの整備が重要になっています」。

上瀧委員長 「理事を通じて、がいいと思うのですが、そうでなければ、ここにいる委員が自分たちのつながりから、いろいろなプロジェクトにふさわしい人を探していくしかないでしょう。しかし、会長が言われるように、若竹会の足腰がしっかりしていないとだめですね。これから足腰がしっかりするように努めながら、進めていくしかないですね」「まだ20年までには時間がありますから、アイデアを出しながら、理事の整備をして、そこからいろいろなプロジェクトにふさわしい人を見つけていく。そういう形かもしれませんね」。「この委員会の要綱には分科会を置けるという規定もあるのですが、いろいろな企画を考える部門、お金を集める部門、お金を管理したり会議の庶務をしたりする部門などは必要ですよね。そういうものを置いていって、そこでそれぞれ仕切っていく、という形になってくると思います。次回は必要に応じて分科会を置く、というところまで決めておきたいです」

事務局 「事務局として進め方も検討しました。お金はいくらかかるのか、それぞれのプロジェクトごとに目標額を明確に掲げ、それぞれに対して、寄付を募る“クラウドファンディング型”の募金を考えるという案が出ました。目標額に達しないプロジェクトは実行せず、担う人も集まらなければ、やらないとはっきり決めておきたいです」。



小久保 「イベントをどう作るか、というのをイメージするためには、イベントの目的を明確にしてほしいですね。100周年記念でなんらかのイベントをしようというときに、それは何のためにやるのかというのを明確にする必要があると思います。例えば、中高一貫校となった富士をもっとみんなに知ってもらうということなのか、古い人と新しい人との交流ができていないから、それをうまく進めるのが大事なのか。“盛り上がる”という言葉だけだと、イメージしにくいですよね。もう少し、目的を絞ったほうがいいのではないか。この場ではそうした方向性を議論すべきかと思います」。「ディテールが先に出てきて、だから大きな目標はこうなのだろうということもあると思いますが、大きな目的のところに焦点が合わないと、自分がイベントプロデューサーだったときに、なんのために行うか、何をもって成功とするのか、というのが明確でないと、では、こういうことをしようとアイデアが湧いてきません」。

事務局 「極論ですが、現時点では、100周年で切りがいいから事業をやる、と言っているだけかもしれません」。

飯島 「でも、100周年ってすごいですよね」。

上瀧委員長 「100年続いたのだから、200年目指そうという気持ちになりますね」

事務局 「次の100年を目指す、といったキャッチコピーは必要ですね」。



須知会長 「いまの高校生って、私にとっては、孫の世代なんですね。だから孫へのバトンタッチということもあるんです。私は子供のころ、祖父、祖母から教えられたことのほうが父親から学んだことよりも印象に残っています」「私が会長になってから、同窓生講演会をやったり、安倍さんに中学生にお話をしていただいたりしましたが、そういうことをやることによって、僕は気づいてくれると思っています。富士の人たちって、同じDNAを持っていますから。そういうことが恒常的にできるようなスタートの年にできないかなと思います」「それを地道にやっていくためには何をしなければならないかというと、理事のネットワークの整備とか、そういうことなんです」「みなさんからいろいろアイデアが出ていましたが、やはり2020年だけでなく、できるんだったら、音楽、映像、絵画、文学などの分野で3カ月に1回くらいプレイベンとしてできれば、現役の生徒さんたち、そして卒業して間もない若い世代の人たちが来て、それを見て、同じ文化を持っているということを感じてもらえるのではないでしょうか」。

上瀧委員長 「在校生やOB、OGからキャッチフレーズとかシンボルマークを公募するといったこともありますね」「いずれにしても、ヒト、モノ、カネのところをもう少し詰めないといけませんね」「若竹会側事務局も個別に意見があれば」

榊原 「去年、富士祭にお邪魔したときに、薙刀部があって、茶道部があったんですね。これ、いつできたんだろう、と思いました。100年の歴史を考えると、富士高校ってどんどん変身していっている。自分のいた体操部は、もうなくなっているんですね。例えば、部活の流れみたいなものを追いながら、時代の流れと照らし合わせると、富士高の別の側面が見えるのではないでしょうか」。

落合 「私も若竹会の役員になるまで、富士校の歴史を知りませんでした。いろいろなイベントに参加して、第五高女のあった場所に行ってみたり、古い若竹を読み直したりして、『これは大事なことだ』と思うことがありました。また、校長先生に中高一貫校になって学校の名前がなくなってしまったところもあり、同窓会が残っているのは素晴らしいことですよと伺って、すごく感動しました。それで100周年はしっかりやらなければという気持ちになりました。みなさんが同じ気持ちで100周年を迎えるためには、歴史を振り返る、これまでの歩みをしっかり捉え直すことが重要と思います」。

上瀧委員長 「共感が大事ですよね。気持ちが揃うということ」「お金の説明も事務局からしてください」。

事務局 「若竹会の先輩たちが会館を作ろうということで集めた『若竹会基金』というものがあります。いままでの周年事業はみな、このお金を使っているようですが、せっかく100周年という大きなエポックなのですから、今回は、資金をしっかりと集めるべきではないかというのが事務局の意見です」「毎年の予算が卒業生の数が減っていることで赤字になっています。毎年の卒業生の払う会費だけでは、会報『若竹』の発送費を賄うだけで終わってしまいます。卒業時の会費を値上げしようという案もあるのですが、若い卒業生にだけ負担をかけていいのかという意見は強いです。100周年は、改めて、現在の若竹会会員から会の運営費を徴収する機会にもなるのではないかと思います」。

上瀧委員長 「こういう収支の状況をみると、お金集めが必要と感じますね。子供たちからお金を倍とれとは言えないから、やはり既存会員から集める必要があるのでしょう」。

小久保 「さきほど事務局の説明の中にも出ていましたが、いまの時代だと、クラウドファンディングのようなスマートなやり方もありますから、企画はこうで、そのために予算これだけだということを明示してお金を集めるのも手ですね」。

神津 「やはり、子供を育てるという観点を打ち出したほうが、お金は集まるような気がしますね」。

反中 「寄付を集めるにしても会誌の力は大きいと思います。特に年配の人には会誌で働きかけるといいのではないでしょうか」。

上瀧委員長 「私の期でもあいつだったら、こういうことをやってくれるのではないかという人はいます。それぞれの期で、理事さんにそういう人を探してもらう必要がありますね。次回までに、多少でもプロジェクトを担ってくれる候補を探してくるということではいかがでしょうか」。

安倍 「中心となる年次はどうするんですか。80歳以上の人まで、絡んでもらうわけにはいかない」。

上瀧委員長 「我々くらいまででしょうね」。

事務局 「今回は22期から31期までの10年間で委員を選びました」。

安倍 「40代くらいにならないと同窓会に関心を持たないけれども、40代はとても忙しいので、今回の委員くらいの年代がやらざるを得ないんです」「我々の周りで、こいつは動きそうだな、という人間をまず探しましょう」。

上瀧委員長 「ここにいるメンバーでだれかふさわしいと思う人が周りにいたら、その人に声をかける手もあるし、それだけでは広がりがないと思うならば、理事という制度がせっかくあるのだから、そういう人たちにも話をもっていけばいいと思います。お金集めなどは期ごとにやったほうがうまくいくと思います」。

安倍 「OB、OGだけでなく、現役も巻き込んでパネルディスカッションをしたりするのも有意義だと思います。老若男女が一緒になって、富士高をどのようにしていきたいのか考える。そういう未来志向の企画は、若い世代をやる気にさせると思います。僕らもこのおじいちゃんたちに言っていいんだと思わせる」

上瀧委員長 「今日はどういうアイデアがあるかということと、全体でコンセプトをもう少ししっかりさせないといけないということを話しました。次回までに、コンセプトとやるべきイベント、そして担当者くらいの素案を作れればと思います」「共感を得る仲間を広げていく作業も重要だと思います」。

 次回会合は9月26日。その前に、若竹会の各期の代表が集まる理事会が6月にあり、こうした機会も利用して、100周年事業について、会員に周知し、参加意識を盛り上げたい。

(事務局)
 朝日新聞社記者/ジャーナリスト学校主任研究員、中村通子さんの講演会(都立富士高校「父母と先生の会」主催、若竹会後援)が、11月29日、都立富士高校、附属中学校1階の多目的ホールで開かれた。テーマは「医療と報道—命の現場で考えたこと」。災害時医療、生殖医療、再生医療、終末期医療など命をめぐる様々な医療現場でおよそ20年、取材活動をしてきた中村さんが、会場に訪れた約100人の父母や同窓生らを前に、「正解のない」医療と命の問題に正面から取り組んできた経験や思いを語った。




 中村さんは1982年(高校34回)の卒業生。高校時代はオーケストラ部に所属し、チェロの練習に明け暮れる毎日だったという。「2、3週間前に片付けていたらこんなものが見つかったと、親から送られてきた」という通知簿をスライドに映しながら、「驚いたのは、3年間、無遅刻無欠席だったこと」と語る。それだけ、高校生活が楽しかったということで「いい高校に通えて良かった」。
 大学は「1年ゆっくりした後」83年に東大理科2類に合格したが、ほかの大学は不合格だったという。「受験は実力とはまったく関係のないところで結果が決まるものだということを学んだ」と中村さん。
 大学ではメンタルヘルスの専門家になろうと精神衛生を学び大学院まで行くが、「研究者はしんどそう」と方向転換。朝日新聞社を受け、採用された。




 朝日新聞社に入り、記者の仕事は忙しかったが、あくせくしない性格。「楽しく過ごした」。そんな「なんの苦労もなく過ごしていた私を直撃したのが1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災だった」という。西宮市に買ったばかりのマンションが被災。街が崩れ果てた光景を見て、現場の様子を本社に伝えることすらでき、「本来記者としてしなければいけない仕事は、何もできなかった」という中村さんの目に映ったのが、おなかがすいている人におにぎりを配っている人の姿だった。被災者に寄り添う、素早い行動。「それこそが記者に求められることではないか」。
 そう感じた中村さんは、その後、大阪本社科学医療部の部員になって、災害時の医療の取材を始める。台湾やトルコなど海外で起きた地震の被災現場にも足を運び、災害時の医療をテーマにした。
 災害に関わる記事を書く原動力となったのが「阪神淡路大震災のときに人間として何もできなかった私は、記者として書き続けていくしかない」という思いだった。



 災害時の医療とは何か。数千人、一万人を超えるような、たくさんの人が一度に死ぬような災害時に、どんな医療ができるのかを考える医療だという。
 災害時は病院が機能を喪失してしまう。医者も自分の家が崩れ、家族が困っているのに出勤はできない。医者や看護師が怪我をしていることもある。需要が強烈に高まるときに供給が急激に落ちる。「これが災害時の医療と平時の医療の最も違うところ」と中村さんは解説する。「平時で助かる人が助からない。本当は助かる命を諦めざるをえない」。
 阪神淡路大震災は、災害医療の契機となった。平時ならば防ぐことのできる死。災害時でもそんな死をゼロにできないかということで、取り組まれた試みが災害派遣医療チーム(DMAT)、 災害拠点病院、ドクターヘリ、現場医療などだった。
 そして、東日本大震災が起きた。
 阪神淡路大震災のときの反省や経験が生かされ、現場での外傷死は減った。
 ところが、「いったん助かった、逃げのびた人が、その後に死んでしまうケースが後を絶たなかった」。
 避難生活の疲労で、約3分の1の人が避難所の床の上で冷たくなってしまうのだった。
 冷たい床の体育館での食事は、ロールケーキ3本とおにぎり10個。これで3日間を過ごす。
 おばあさんの布団からかびのはえたケーキとおにぎりが出てくる。
 毎食ロールケーキと言われても、喉を通らない。でも、捨てたり、文句を言ったら明日なにももらえないと思ったおばあさんは、ケーキをふとんに隠した。
 そういう生活をしていくと、疲労はたまり、死に至る。
 災害時の医療によって、外傷死は減ったが、「次のステップとして、このような人をいかに救っていくかがテーマになった」と中村さん。
 病気が起きた時に治療するだけでなく、起きる前に予防をすることが肝心だ。災害も同じで、災害予防医学が重要になった。
 東日本大震災では、被災者が多かった小学校と、まったく被災のなかった小学校に分かれた。決め手は、災害のときは「とにかく逃げる」。先生の指示を待たず、親のことも心配せず、逃げることを励行した小学校では被災した児童がいなかった。
 教育の力で命を救った例だ。医療の枠を超えて、教育により死亡者を減らした。
 


 医療報道には「3つの特性がある」と中村さんは解説する。
 まず、医療の世界の難解な言葉を普通の人にかみくだいて伝える。「通訳」としての役割。
 もう一つが、感染症などについて、子供でもわかるように伝え、「防災広報」的役割を果たすこと。
 医療は、生命のありように迫る技術だ。再生医療、不妊治療、心臓移植などが典型的な例だが、それを医者にだけ任せていていいのかという問題がある。一般社会の感性で医療を見て、医療技術の暴走を防ぐ−−。最後に、そんな「批評としての医療報道」が重要だという。
 
 この3番目の課題と中村さんは正面から向き合ってきたという。
 世界で初めて、1978年に体外受精で生まれたルイーズ・ブラウンさんの写真がスライドで紹介される。
 体外受精が始まったときは「生命の誕生に人が手を加えていいのか」が大きな議論になったが、いまは、通常の医療として定着した。日本では年間出産の2%が体外受精児だ。
 だが、さらなる倫理問題も生まれている。代理出産、クローン人間などの問題だ。iPS細胞から卵子を作ることが許されるのか。
 「記者はある医療技術が確立されたという事実に接したとき『それってどうよ』という感覚を大事にしながら、その記事を一面アタマにするか社会面すみっこに置くかを考えなければいけない」と中村さん。「一般社会の感性でどう考えればいいのかが大事」なのだ。
 その感性も10年後、20年後には変わっているかもしれない。
 


 臓器移植もどう考えるかが難しい問題だ。臓器移植は腎臓、肺、肝臓で行われている。
 生体肺移植が親子の間で行われている。しかし、「これを美談として伝えるだけでいいのか?」と中村さんは問題提起する。
 「お母さんだから提供して当たり前という圧力が生じる懸念」があるのだ。
 愛があれば何をしてもいいのか。
 「健康な人にメスを入れることが普遍化していいのかは、一例一例のケースを冷静に考えなければいけない」。
 安楽死問題。
 「安楽死をめぐる事件は数多いが、『この人の判断は正しい』『間違っている』と言い切れるだろうか」と中村さんは問題提起する。
 様々な指針があるが、そこに「解答」はないという。
 書かれているのはたいてい、「話し合いのガイドライン」だという。話し合わないと答えがでないから、話し合いの仕方を決める。どこにも解答はない。

 千葉県の31歳の女性のケース。ダウン症の子供が点滴のための管に囲まれていた。生後40日で危篤状態になり、点滴の管を抜いてもらい、最初で最後の抱っこをした。しかし、「管を抜いてしまったのは間違いだったか」と後悔する。

 どうすればよかったのか。

 中村さんは「自分で考えて決断したからこそ、後悔する」という。
 医者に言われて、誰かに言われてやったことに対しては、後悔ではなく怒りを感じるはずだ。
 「後悔は、ほかの人がそのような事態に陥った時、寄り添うことができる心の深さを養える」。

 「どこで自分の答え見つけるかが大事」なのだ。



 「災害サイクル」という概念がある。災害が起こり、それに対応し、復旧し、災害を減らす対策をし、準備をする。そしてまた、災害が起こる。でも、これは同じところをぐるぐる回っているわけではない。「この回転はらせん状になっている。反省と後悔を繰り返しながら、同じところに戻るのではなく、上に向かっている」と中村さんは言う。
 「解答」は教科書にはない。
 中村さんは自分の人生を振り返って役に立っているのと思うのは「自分で見て聞いて感じて判断したこと」「いろいろな現場で行動したこと」だという。
 「ハレーションを起こすこともあったが、反省はしても決して後ろ向きにならない。考えて答えを出せば、前に進める」と思う。
 「富士高校は高校生の自主性を重んじて先生が文化祭などを任せてくれた。自分で考えて動いてみることを教えてくれた。父母の方は勇気がいりますが、お子さんにいろいろな体験をさせてあげてください」。それで教科書の中にあることがより深く読み取れるようになると、中村さんはアドバイスする。
 
 中村さんは、「生命と倫理の問題は誰もが避けて通れない問題で、そこには正解はない。でも、自分なりの答えは出せる。医療報道がその一助になるように、日々、記事を書いていますので、ぜひ、新聞を読んでください」と結んだ。

◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


(上野勝敏校長)


(若竹会の大宮杜喜子副会長)


(「父母と先生の会」会長の砂金達さん)

 中村さんの講演に先立って上野勝敏校長、若竹会の大宮杜喜子副会長が挨拶。講演会後には主催者の「父母と先生の会」会長の砂金達さんから謝辞があった。
 中村さんの心に残る講演会は、都立富士高校、「父母と先生の会」、若竹会の三者の協力関係をさらに深めてくれた。(高校27回卒・相川浩之)

<講師略歴>
中村通子(なかむら・みちこ)
朝日新聞記者。1982年都立富士高校卒。87年東京大学医学部卒。89年東京大学大学院医学系研究科保健学修士課程修了。保健学修士。同年、朝日新聞社に入社。97年から主に大阪本社科学医療部で医療・健康の分野を担当。2007~13年は編集委員(医療担当)を務めた。14年9月からは岡山を拠点に中四国ブロックの医療を中心に取材している。日本中毒学会、日本臨床救急学会、日本感染症学会などに所属。09年から日本集団災害医学会評議員。
 中高一貫校になった新しい「富士」を知りたい、というOB/OGの声にこたえ、若竹会は13日、富士祭のイベントや展示を見学する「富士祭ツアー」を開催した。落合惠子副会長が参加者11人を先導、管弦学部のアンサンブルコンサート、茶道部のお茶会を楽しんだ後、剣道場での「リズム薙刀」、体育館での男子バスケ部の招待試合、美術部の展示、1年生の八ヶ岳自然探究教室の発表を見学した。ツアー開始前には、上野勝敏校長から中高一貫校になった富士高校の現状を伺い、ツアー終了後も上野校長と懇談した。


(在校生と先生の富士祭プログラムには、須知正度・若竹会会長のメッセージカードを挟み込み、今回のツアーについて事前告知した。若竹会について説明するパンフも作成、受付や休憩室として利用した「教材室」で配布した)


(斬新なパンフレット)


(須知・若竹会会長のメッセージカード)


 ツアーは上野校長をはじめ、先生方や在校生の全面的な協力を得て実現した。
 参加者は富士高校12回卒6人、27回卒2人、8回卒、18回卒、23回卒各1人の計11人。27回卒の落合副会長が先導し、同・相川がカメラマンを務めた。
 朝9時半に校長室に集合。上野校長から、中高一貫校になった富士高校の現状を伺った。


(わかりやすくいまの「富士」について説明される上野校長)

 上野校長は、富士高校が中高一貫校になったことの基本的な部分から説明された。
 「都立高校には中高一貫校が10校ありますが、2つのパターンに分かれています。5校が中等教育学校といって中学校でしか生徒を募集しません。中学で原則として4クラス160名を毎年中学で募集し、6年間教育します。三鷹、小石川は中等教育学校です」「残りの5校は中高一貫教育校と言われていまして、中学校と高校は形の上では分かれています。原則として中学校で3クラス120名を募集して、高校では2クラス60名を追加募集します。この形をとっているのが富士高校です。本校は都立富士高等学校及び、都立富士高等学校附属中学校という二つの学校という形にはなっていますが、原則として中学校に入った生徒はそのまま高校に進学します。先生も中学と高校を兼務しています」「なぜ、富士高校が中高一貫校になったかといえば、6年間かけて伝統ある学校で教育することがプラスになるという考え方であると聞いています。本校は英語教育と自主的な探究という二つの柱で人材を育成していこうとしています」「教員は朝早くから夜まで、がんばって、子供たちを育てています」。
 
 印象的だったのは、上野校長が「富士の生徒は愛校心が強い」と指摘したこと。「子供たちは富士が大好きだと言うんです。卒業の時はどの高校でも泣いたりするのですが、中学一、二年、あるいは高校から入ったばかりの生徒が『大好き』というのはほかの高校ではあまりないと感じました。これが伝統なのでしょうか」「同窓会のお力を借りて、こうした良き伝統は守っていきたいです」。

 校長先生のお話を伺った後、多目的室で、管弦楽部のアンサンブルコンサートを聴いた。


(アンサンブルコンサートが開かれた多目的室ではツアーの卒業生のために席を確保していただいた)


(メンバーが次々替わって曲を演奏)


(それぞれのユニット名がユニーク)


(一生懸命さが伝わってきた)

 続いて、茶室で、茶道部の高校生たちのお点前を楽しんだ。


(まず菓子を配る)


(懐紙に富士の校章。「捨てられない」と参加者)






(見事なお点前)








(温かいおもてなしにすっかり満足した様子のツアー参加者たち)

 お茶を楽しんだ後は、体育館、剣道場へ移動。


(以前の富士高校とは体育館や校舎の配置が全く違うので、参加者は、その違いを楽しんでいた)


(薙刀部のリズム薙刀を2階から見学)




(体育館ではバスケットボール部の試合を観戦)



(「高校生は元気」とその動きに圧倒されるツアー参加者たち)



 校舎に戻り、展示を見学。


(校舎と体育館との間の通路は珍しく、左右の光景に目が行く)






(美術部)


(上野校長からはエレベーターがあると案内されていたが、70歳を超える大先輩たちは階段で移動)




(1年生の「八ヶ岳自然探究教室)






(可愛らしい中学生の一生懸命のパフォーマンスに拍手)

 見学を終えて、校長室に戻って懇談。


(ツアー前は表情の硬かったツアー参加者も打ち解けた雰囲気に)







 ツアー参加者の皆様、上野校長、ありがとうございました。m(__)m

                    (高校27回卒・相川浩之)
 同窓会組織「若竹会」の各期の代表(理事)が集まり、若竹会の予算や今後の活動などについて議論、決定する若竹会理事会が6月28日、富士高校附属中学校の教室で開かれた。

 役員、理事ら30人が参加。新役員の承認、会務報告、予算、決算の承認の後、学校創立100周年の記念イベントなどについて活発な意見交換を行った。

 冒頭、須知正度会長が挨拶。「同期だけでなく各期間の“世代間交流”を進めていく。そのために各期の理事の力を借りると同時に、ホームページ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などのIT(情報技術)ネットワークも活用していきたい」と語った。
 続いて、若竹会の新役員候補を紹介。全員が理事会の承認を得た。
 役員の顔ぶれは以下の通り。

名誉会長  上 野 勝 敏 (現統括校長)
会   長  須 知 正 度 (高18回)
副 会 長  小 森 杜喜子 (高18回)
副 会 長  落 合 惠 子 (高27回)—会計監査から
会   計  前 田 和 子 (高18回)
会   計  鈴 木 真 理 (高27回)―新任
会計監査  秋 元 公 彦 (高24回)
会計監査  榊 原 和加子 (高27回)―新任



 その後、保護者会に出席していた上野勝敏校長も参加。「6月12日の中学2年生の進路学習講演会で26期の安倍宏行さんが貴重な話をしてくれた。中学生とは40年くらいの開きがあるが、(先輩から後輩への)バトンリレーは長い方がいいと感じた。今後も、若竹会には、いろいろな形で支援をお願いしたい」と挨拶した。

 平成25年度会務報告では、ホームページを企業の管理から自主管理に移管したことを須知会長が説明した。「移管も大変だったが、運営を一新し、卒業生の交流に役立つような新しい情報を盛り込んでいる」と、中身の充実を強調。
 在校生の部活動への支援として薙刀部への支援を行ったことも明らかにした。
 附属中学、高校に対する支援については、様々な形で行いたいとし、「高校3年間という期間が人生に締める割合4%〜5%未満に過ぎないが、非常に重要なことを気づくきっかけを与えてくれる。在校生のみなさんにそんな気づきを与えられるような協力をしたい」と述べた。

 その後、決算、予算の承認を得た。

 関連して、理事の1人から「卒業生の人数が大幅に減っており、卒業時に集める会費だけではいずれ同窓会の運営資金が枯渇するのでは」という質問があった。
 これに対し須知会長は「かつては資金集めのイベントなどもしたが、いまはそこまでは考えていない。講演会イベントなどでは、参加者に応分の負担をしていただくなどして、支出を抑えている」と答えた。
 ただ、他の理事から「小額でも寄付を受け付けるような受け皿があれば、若竹会に寄付がしやすくなる」との意見があった。

 予算が承認された後、「将来をにらんだ意見交換」ということで自由な質疑応答、意見交換が行われた。



 今後の若竹会に望むこととして年配の理事らから、「中高一貫校になってからのイメージが湧かない。学校の情報がほしい」という意見があった。
 現在の富士高、附属中学校については会報若竹や、若竹会ホームページで校長インタビューも行い、情報提供しているが、「母校がいまどんな学校になっているのか」という関心がとても強いことがわかった。

 この意見に対して、会報若竹、若竹会ホームページの編集担当から、「ホームページを見られない年配の卒業生もいらっしゃるので、学校の最新情報は会報若竹で提供するほか、要望があれば、ほかの手段も考える。どんなことが知りたいかメールなどでいただければ対応する」との回答があった。

 若手の理事からは「成人式のタイミングで同期会をするなど、同期生との交流は活発だが、若竹会は敷居が高い。若い世代が積極的に参加しにくい感覚のずれがあるような気がする」といった厳しい指摘があった。
 もっとも若手の世代も、先輩たちとの交流は関心がないわけではなく、「大先輩が多く出席する理事会のような場ではなかなか思いきって発言しづらい」という本音も語った。
 こうした敷居の高さを解消する最初のきっかけとして、「SNSなども活用して世代間の交流を少しずつ活発にすべき」「在校生のうちから、若竹会を知るような機会を多く作ることも必要」などの意見があった。

 学校創立100周年のイベントに関しては「世代間交流が活発になるような集まりならば意味があるが、各期の交流も少なく飲み食い中心の会ならば不要」「学校に記念として残るようなものを寄付する」「記念イベントの実行部隊の若返りを図る」「検討委員会を作ってもいいが、委員会のなかだけで議論するのではなく、若手世代、シニア世代など、様々な世代にヒアリングをして、各期が納得するイベントを行うべき」「“同窓会おたく”ではなく、幅広い卒業生に関心を持ってもらえるようなイベントを検討する」「全世代でのイベントを諦め、近い世代単位のイベントを検討する」などの意見が出た。

 100周年記念のイベントについては、今回の理事会での意見交換を皮切りに、近く検討委員会を発足させ、具体的な検討に入る予定だ。              (高校27回卒・相川浩之)
東京都立富士高等学校・附属中学校 入学式

 中学 男子56名 女子64名 計120名
 高校 男子95名 女子101名 計196名

316名の新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。 
東京都立富士高等学校附属中学校
 第2回卒業式

卒業生 男子55名 女子62名  計117名 

  ご卒業おめでとうございます。
東京都立富士高等学校 第66回卒業式

 卒業生 男子107名 女子94名  計201名

卒業生の皆様、おめでとうございます。
 若竹会へようこそ!!
 富士高校・附属中学校管弦楽部の定期演奏会があります。
 皆様、是非お誘い合わせの上お越しくださいませ。


日時:2014年3月29日(土)
場所:なかのZERO大ホール
指揮:高石 治

曲目: ドヴォルザーク/交響曲第八番
     シベリウス/交響詩「フィンランディア」
     ビゼー/組曲「アルルの女」
     ビゼー/カルメン 他
 
   開場:13:20
   開演:13:40

   * 入場無料 / 全席自由

以上よろしくお願いします。
【第2回若竹会主催講演会開催のお知らせ】

今年度も「世代を超えた新しい交流のきっかけ」として
来年1月に下記の通り講演会を企画いたしました。

講師は東京・丸の内の三菱一号館美術館館長・高橋明也(高校24期)さんです。

 
 ◆日時 2014年1月19日(日)13時半開場  14時開演(15時半まで)

 ◆会場 セシオン杉並 第8・9・10集会室
   杉並区梅里1-22-32 ☎03-3317-6611  
   東京メトロ丸の内線・東高円寺駅下車
   http://www2.city.suginami.tokyo.jp/map/detail.asp?home=H0015a    
       
 ◆会費  500円 (大学生まで無料) 
  参加できる方:若竹会会員及びそのご家族
  当日会場受付にてお支払いください。

◆ 申し込み 若竹会事務局まで
  メール  info@fuji-daigo-wakatakekai.org
  直通電話 080-2378-7998

     
*講演終了後に、コーヒー、紅茶を飲みながら、講師を中心に同窓生が懇親を深める会も催します。美術、デザイン、建築などの世界で活躍されている方の交流会にもなればと考えています。ご都合がつけば、長年、富士高校で美術を教えてこられた佐藤美智子先生もお見えになります。こちらも、ぜひ、ご出席ください。 
講演は午後3時半に終了の予定です。会場のレイアウト変更をした後、懇親会を開きます。(懇親会の参加費2000円/全員有料となります)

*********************************

高橋明也(たかはし あきや)氏のご紹介

三菱一号館美術館館長。
1953年生まれ。
東京芸大美術研究科修士修了課程修了。19世紀フランス美術史専攻。
1980~2006年、国立西洋美術館研究員。
1984~1986年、パリ・オルセー美術館開館準備室客員研究員。 
2006年に三菱一号館美術館の初代館長に就任、美術館開館準備に取りかかる。
2010年4月6日美術館オープン。「マネとモダン・パリ」展開催。
フランス芸術文化勲章(レジョン・デュ・シュヴァリエ)受勲。


以上よろしくお願いいたします。
  皆様、お誘い合わせの上是非,御参加くださいませ。
  ご来場お待ちしています。

 都立富士高校管弦楽団47周年記念演奏会のお知らせです。
 皆さま、お誘い合わせの上是非ご来場くださいませ。


『 第3回 富士オケの仲間たちの演奏会 』 

 日時:2013年11月4日(祝)
      13:30開場 14:00開演
  場所:なかのZEROゼロ大ホール
      http://www.nicesnet.jp/access/zero.html
指揮:秋山 俊樹

 曲目: リスト:交響詩「前奏曲(レ・プレリュード)」
     チャイコフスキー:イタリア奇想曲
     ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

 *入場料:無料
 【第61回富士祭のお知らせ】

 今年の富士祭にも若竹会が参加することになりました。

休憩所『若竹カフェ』として歴代の卒業アルバム、校友、若竹などを展示、勿論閲覧することもできます。

落語等のイベントもする予定ですのでこの機会に是非富士高に足をお運び下さい。


場所は1階の多目的室の裏手の「教材室」です。ちょっと分かりにくいかと思いますが
パンフレットに記載されている案内図をご覧になって富士高校舎内を探検がてらいらして下さい。

お飲み物をご用意して皆様のお越しをお待ちしています。


 日時 9月14日(土)10時~16時
    9月15日(日)9時~15時30分
高校35回卒3年I組のクラス会のお知らせです。

 ************************** 


35期卒業時I組(担任石塚先生)のクラス会に向けて
連絡先の確認をしています。
同窓会名簿にある住所へ案内状が届いている頃かと思いますが、
届いていない方は幹事連絡先のアドレスへご一報願えればと思います。

  日時:2013年11月16日 16:00~(予定)
 場所:新宿か中野周辺

幹事:沢辺・斜森・足立・古屋・長友

連絡先:kazuhiro.sawabe@fujixerox.co.jp



***************************

 以上よろしくお願いします。

本日、平成25年度の入学式が執り行われました。


  高等学校入学者 195名 (男子 93名 女子 102名)
  附属中学入学者 120名 (男子 60名 女子 60名)

315名の新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。

本日、都立富士高等学校附属中学校の第1回卒業式が執り行われました。

 卒業生119名 男子53名 女子66名
 
 ご卒業おめでとうございます。

富士高校管弦楽部の定期演奏会があります。
 皆様、是非足をお運びください。


日時:2013年3月31日(日)
場所:なかのゼロ大ホール
指揮:高石 治

曲目:
  チャイコフスキー/音楽物語「くるみ割り人形」
  デバルト/パイレーツ・オブ・カリビアン
  J.シュトラウスII/ウィーンの森の物語
入場料:無料

開場:13:20
開演:14:00

*13:30より舞台上にて中学生によるロビーコンサートが行われます。

3月7日(木)に富士高校の卒業式が執り行われました。

 卒業生は男子200名、女子200名、合計400名

 今回の卒業生は第65回卒になります。

 皆さん、よろしくお願いします。

本日11月5日は富士高校の開校記念日です。


  若竹会では開校記念日に合わせ昨年同様、白寿のお祝いのお手紙と 
  旧校舎の絵画・「寿」百態の写真を送らせて頂きました。

  【今年白寿をお迎えになられる方】 
    本科8回卒(昭和6年卒業)の12名。
  
   おめでとうございます。
   これからもますますお元気でいらっしゃいますように。


  *またお手紙の制作にあたり本科26回卒の猪狩恭子様に
   御協力頂きました。ありがとうございました。
9月25日(火)、高校41回卒のギタリスト小林信一さんが昨年、一昨年に引き続き
今年も軽音楽部を訪問して下さいました。

生徒たちのバンド演奏へのアドバイス、ギターのチェック、 その他質疑応答など
充実した交流会になりました。

またご本人の著書である教則本、オリジナルピックの寄贈もして頂きました。 


  *写真掲載しています。
 【第1回若竹会主催講演会開催のお知らせ】


 下記の通り高校32回卒業のお二人の講師の方にお話して頂きます。


 ◆日時 2012年10月13日(土)9時開場  9時15分開演

 ◆会場 なかのzero視聴覚ホール(中野ゼロホール)

     中野駅南口から、線路伝いに東中野方面へ徒歩8分
     地図 http://www.nicesnet.jp/access/zero.html
 
 ◆講演 9時20分~10時20分 安井清子さん

     10時20分~10時40分  休憩

     10時40分~11時40分 川口健一さん    
 
    
       
 ◆参加費  500円 (学生の方は無料) 
     
      *ラオスモン族の刺繍民芸品など、
        チャリティグッズの販売もあります。

 
     
 ◆講師の方のプロフィールはこちら

  20121013profile.pdf

 

  以上よろしくお願いいたします。


 皆様、お誘い合わせの上是非お越しくださいませ。
 ご来場お待ちしています。
【富士祭パンフレット】





今年の富士祭(旧富士高祭)に若竹会も参加することになりました。

休憩所として歴代の卒業アルバム、校友、若竹などを展示、勿論閲覧することもできます。

90周年の時に作成したビデオも流します。

この機会に是非富士高に足をお運び下さい。

懐かしい高校時代の思い出に浸ることができると思います。


場所は1階の多目的室の裏手の「教材室」です。ちょっと分かりにくいかと思いますがパンフレットに記載されている案内図をご覧になって富士高校舎内を探検がてらいらして下さい。

お飲み物をご用意して皆様のお越しをお待ちしています。

 日時 9月8日(土)10時~16時
    9月9日(日)9時~15時30分

 4月21日(土) 14時~17時

 富士高教材室にて役員会が開催されました。

 【議題】

  ①2011(平成23)年度若竹会決算作業
 
  ②2012(平成24)年度若竹会予算

  ③分科会報告

  ④同窓会会員情報の収集と活用について
    (同窓会誌発行やイベント開催等に向け)
4月7日(土)は富士高の入学式でした。

 中学3クラス 120名
 高校5クラス 200名  新入生合計320名 

 今年度で中高6学年全部揃いました。

 富士高校管弦楽部の定期演奏会があります。

  是非足をお運びください。

2012年2月18日(土) 13時~17時 

  富士高資料室にて役員会が開催されました。

  第一部 13時~15時半「イベント企画」と「同窓会誌編集」の分科会。

  第二部 15時半~17時 役員会

  
   *詳細については後日お知らせします。
   *役員会の後に懇親会が行われました。

情報提供のお願い

現在トップページを飾っている旧校舎の内外を描いた絵画は若竹会の部屋に長年展示されているものです。
残念ながら何時、どなたがお描きになり、どういった経緯で若竹会部室に置かれているのかが分かりません。
作者の方、来歴をご存知の方がいらしたら、若竹会事務局まで是非ご一報頂きたいと思います。
情報提供をお待ちしております。

12月3日(土)に役員会が開催されました。

 新役員への引継ぎ事項確認、その他イベント開催等の話し合いが行われました。

 白寿のお祝いのお手紙を11月2日(水)に送らせて頂きました。
 (旧校舎と「寿」百態の写真、折鶴を同封しました) 


   【今年白寿をお迎えになられる方19名】

      本科第7回 (昭和5年卒業)18名
      専攻科第4回(昭和8年卒業)1名

  おめでとうございます。今後ともお元気でお過ごしくださいませ。



 *10月31日(月)のお手紙の制作にあたり下記のお二人にご協力頂きました。
  有難うございました。

   本科17回 田渕佐智子様
   本科26回 猪狩恭子様

  「 第2回 富士オケの仲間たちの演奏会」への招待状を頂きました。


   【日時】 2011年10月30日(日)1330開場 1400開演

    【会場】 江戸川区総合文化センター大ホール(全席自由)

       http://edogawa-bunkacenter.jp/index.html

    【指揮】 秋山俊樹(高17回)

  

 
    観覧ご希望の方は事務局への連絡フォーム、または

   大森正敏様(高35回)まで
     
      http://www.fpob.net/


     
 皆様のご来場をお待ちしています。

『若竹』90周年記念号とDVDが発送されました。

 そろそろお手元に届く頃かと思います。

 ご覧になった感想・ご意見等ございましたら事務局の方まで
 お寄せ下さい。

 よろしくお願いします。
【若竹会主催のイベント開催へのご意見を募集します】

5/14に若竹会役員会が開催され、5/26に検討チームで
「イベント開催」を中心に話し合いをしました。

主な内容を以下に記しますので、皆さんのご意見をお寄せ頂きたいと思います。

・検討チームメンバー:谷畑、小森(大宮)、前田(園部)、中山、須知の5名。

・狙い;イベント開催を通じて、若竹会の活性化と富士高との接点を多くする。

・背景;現同窓会(若竹会)の活動は、役員会と理事会を除くと、主たるものは、

   対同窓生:同窓会誌「若竹」の発行、X周年行事・祝賀会、同窓会名簿発行

   対在校生:部活動への助成、受験体験談披露、附属中学への図書寄贈

   対学校:諮問委員等の受諾、周年行事への協力

   対PTA:?

   といったところでした。ごく通常の活動内容です。

今年の1/30の会合でも出されていたように、同窓生同士の多世代に渡る交流を
図ることを目的として次のようなイベントを計画し実行してみたい。

・内容:卒業生による講演会を開催する。

    講演者は、必ずしも有名人や成功者でなくとも良い。
    普通人の趣味や研究発表などの情報発信で良い。

    もちろん有名人や成功者の講演を歓迎します。

    会場は、富士高の多目的ホールを使用させて頂く。場合によっては、
    外部施設を使用することもあり得ます。

    最初の開催は、平成23年10月以降の土曜日午後を想定しています。
    頻度は三ヶ月に一回程度。

    主催者は、若竹会。将来は、他の団体との共催も。

    聴衆の対象は、若竹会会員、教職員、PTA、在校生、学校周辺居住者。
    テーマに応じますが、広く門戸を開放。

   その他のイベントのアイデアとして、

屋内イベント-落語を聴く会、ミニコンサートなど。
      ―落語研究会やアンサンブルの経験者による。

屋外イベント-ガイド・ハイキング、ガイド・
       ウォーキング(山岳部や地理歴史研究部の経験者によるガイド)

  が出されています。実行可能性を検討していきます。

  普通人の講師招聘―須知の小金井雑学大学(ボランティア)の経験では
募集すれば自薦他薦の講師希望者が多く、富士高卒業生なら多士済々であろうと
楽観的に考えています。

以上 よろしくご検討の上、ご意見をお寄せください。

「実行委員会メンバー」への参加のお申し出を大歓迎します。

  (新会長 須知正度)
【90周年記念DVDビデオがまもなく届きます】

高校23回卒の反中と申します。

先日の32回卒・吉田裕之さんのメールを拝見し、世代を超えても、やっぱり私たちは学校というひとつの大きな流れの中にいるということ実感して感銘を受けました。ありがとうございました。

折りしも、90周年記念の冊子「若竹」と共に、DVDビデオ「こころの学び舎」がまもなく会員のお手元に届きます。
これは、第五高女から現在に至る年月の節目を取り上げた42分間の映像です。是非視聴してください。

いみじくも、谷畑先生は「人的資産を共有しましょう」とおっしゃいました。
まさに富士高人脈は「宝の山」と言ってよいものです。これを活用しない手はありません。
私たちも、映像という手段によって、今後も富士高の豊かな資産を伝える活動をしてゆきたいと思います。

90周年ビデオ制作班:反中章子(旧姓:梅田)

この週末に『第59回富士祭』が開催されます。

 是非この機会に母校へ足をお運び下さい。 


 9月10日(土) 1日目 発表・展示 10時~16時
 9月11日(日) 2日目 発表・展示 9時~15時30分  


  ※上履き(スリッパ)を必ずお持ちください。
  ※節電中につき、暑さが予想されます。団扇などお持ちください。
  ※ただいま校舎改築中につき、駐車スペースがありません。自動車での来校はご遠慮ください。
   また、自転車での来校も極力ご遠慮ください。
  ※校舎内は全面禁煙です。
  ※10日(土)の招待試合(男子バスケットボール)は,9時10分開始です。ご注意ください。
   また、入場は体育館からお願いいいたします。
 
  以上

  卒業生の皆様のご来校をお待ちしています。

写真部の関東地区高等学校写真展及び全国高等学校総合文化祭への出品を記念し、校舎に垂れ幕が掲げられました。
「若竹」90周年記念号の
「あの頃のわたし、今のわたし」のコーナーへの寄稿を只今募集しています。


 中高一貫校化が目前に迫った時期に高校生活を送られた若い同窓生の皆さんも新たな歩みを
母校が始める時期に刊行される今回の90周年記念号に是非寄稿してみませんか?


 編集は臨機応変に対応できますので、これ以外にも、どうぞ各回卒の個性を存分に発揮して
一文をお寄せいただきますようお願いします。


 ●原稿の字数    400字~800字程度
 
 ●締め切り     2011年2月末日

 ●投稿・問合せ先  若竹会事務局

   郵送の場合 164-0013 
         中野区弥生町5-21-1
          都立富士高校 若竹編集部 宛  


   Eメールアドレス info@fuji-daigo-wakatakekai.org


   *なお電話でのお問い合わせはご遠慮下さい。

   *編集の都合で内容に差し障りのない範囲で多少の修正をさせていただく場合がありますこと、
あらかじめ御諒承ください。


 以上よろしくお願い致します。

 皆様からのご寄稿をお待ちしています。  
10月31日(日)の創立90周年記念総会は

  当日参加も可能になりました。

  お申込みは不要です。 

  皆様お誘い合せの上、直接会場までいらして下さい。
記念総会(祝賀会)当日のお手伝いの方を募集!しています。


下記の要領で、説明会を開催しますので、

当日のお手伝いを頂ける方々 お集まりください。

・10月15日(金) 19:00~

・富士高多目的ホール

・10月31日の記念総会(祝賀会)当日の流れと役割分担他
90周年総会参加の申込み期限が延長されました。

まだ暫くは受付致しますのでよろしくお願いします。
 創立90周年総会の申込み期限は9月24日です。

 参加される方はお早目にお申込み下さい。


 【振込用紙が無い方は下記まで】

    ゆうちょ銀行

    口座記号番号 00160-7-274847

     加入者名  東京都立富士高等学校若竹会90周年記念会
    
     金額    6,000円
   
     ※必ず卒回、または卒業年度を明記して下さい。


 以上よろしくお願い致します。

皆様、お誘い合せの上是非ご参加下さい
「若竹」38号が発行されました。