2020年の創立100周年をどう祝い、楽しむかなどを幅広い世代で議論する「創立100周年をみんなで考えるワークショップ」が7月16日午後2時から5時まで、都立富士高校の音楽室で開かれた。第五高女の24回卒業生から2016年春の卒業生まで、29人が参加。主催の若竹会関係者7人を加えると、総勢36人によるワークショップとなった。議論は白熱、100周年事業の第一歩を踏み出すことができた。


(第五高女24回卒の大先輩も参加)


(この春の卒業生も物怖じせず挨拶)

 はじめに、全員に「創立100周年への思い」と「創立100周年を記念してやりたいこと」をA4サイズの紙に書いてもらい、自己紹介とともに、語ってもらった(文末のpdf参照)。「やりたいこと」は様々だったが、「思い」は共有できるものが多かった。

 そこで、ワークショップでは3つのグループに分かれ、100周年で何を実現したいのかを改めて議論。キャッチフレーズあるいは、キーワードの形で出してもらった。


(♡チームは活発な議論が繰り広げられた)


(♢チームは、だんだんノリが良くなってきた)


(♠チームは、ベテランから若手までの幅広い年齢層のチームに)


(世代間の違いも議論に)


(想いが一つになっていく)


(世代間交流で議論は建設的に)


(♡グループは進行役プラス二人が発表)

 最初の発表は27回卒の榊原和加子さんが進行役を務めた♡グループから。榊原さんとメンバーのお二人から説明があった。
 「みんなの一番の思いは“つながる”ということでした。関連のキーワードとして、まず出てきたのが、《第五−富士DNA》。初めて会った富士高の卒業生と話していると、この人、富士高生だったんだな、と感じることが多いですよね。それが第五−富士DNAです」「学校群制度があったときの世代は、同じ群の西高校に対抗意識があり、女性がたくさんいて羨ましがられるような文化祭をやることが自慢で、そんな思い出で結束を固めていました。しかし、現役時代にそんな思い出がない後輩たちもいる。その人たちとも心を一つにするには、OB、OGたちの人脈を活用できるような窓口を作ることが必要ではないかという話になりました。若い後輩たちや現役の中高生たちをお金、気持ち、能力など、様々な形で支援する人的ネットワークができれば、第五−富士DNA(あるいは文化祭力)とつながっていくのではないかと思いました」「キーワードとしては、《一生富士校生〜100周年祭》などもありますが、そのうえで「『戦争と学校』『映像で歴史を振り返る』『美術展』『大オーケストラ+大合唱団』『富士ロックフェスティバル』といった具体的なイベントがあって、記念グッズが生まれるという流れです」


(キャッチコピーも光った♢チームの発表)

 次の発表は27回卒の落合惠子さんが進行役の♢グループ。
 「歴史をきちんと振り返ろう、とか100年間の歩みをパネル展示したり映画化をしたりするなどで、きちんと押さえようという話がまず出ました。第五高女の時代のこともしっかりと振り返りたい」「振り返った後は未来です。《つながり》《つむぐ》《新たな出会い》といった言葉が出ました」「《富士高が好き!》という思いをベースにしたいというみなさんの気持ちを強く感じました。《私は富士高生》《富士高で得たもの》《人生の岐路》《西じゃなくてよかった》《富士高生ってなんだ?》《自由と責任の伝統をPR》など富士高への熱い思いが出てきました」「そこで、イベントをみんなでやろうよ、という話になりました。《富士高祭》《青空廊下》などの言葉が象徴するように、非常に自由で、外に向かって開けていた。ですので、100周年でも「富士高祭」はぜひやりたいという意見が多かったです」「《校歌》もキーワードの一つで、みんなで大合唱をやりたいねという話になりました」「キャッチコピーの一押しは《富士高が好き!〜永遠(とわ)に栄えあれ》でしょうか」


(新宿生まれ、中野育ちの名コピーも)

 最後が「第五高女の卒業生から昨年の卒業生までいる」♠グループ。27回卒の横山雅之さんから。
 「《過去を知り未来へ進もう》《人に歴史あり、富士高に歴史あり》など、歴史を知った上で未来に歩もうという意見が多かったです」「校歌の《永遠に栄えあれ》というキャッチコピーは我々のグループでも挙がっていました」「第五高女の先輩からは《創立100年の想いをつないでいきましょう》《新宿生まれで中野育ち》という言葉も出てきました」「《つなぐ》というキーワードは我々のグループでも出てきました。世代と世代をつなぎ、過去と未来を100周年でつないでいこう。先輩方からは「100年はワンステップ。次のステップはあなたがたにお任せします」というお話もありました」「そして《楽しむ》。《和と輪とワ〜イ!》《つながりムーブメント》《つなぐ青春、100周年》などのキーワードの提案がありました」「一番若い方からは校長先生の《本気(マジ)で富士》《真剣(ガチ)で若竹》という言葉も紹介されました」「そして《I♡FUJI》。なぜ富士高校が大好きなのか各世代の違いを探求する機会にしたいという声もありました」。


(100周年事業検討委員会委員長の上瀧さんが総括)


(100周年事業スタートに集結した仲間たち)

 ワークショップで、想いは共有できた。今後若竹会では、100周年のキャッチフレーズを決定。100周年に向けて具体的な一歩を記していく。ご参加のみなさん、ありがとうございました!

 みなさんが想いを記したA4サイズの紙はこちら:(当日欠席の方のアイデアも含まれます)
(高校27回卒・相川浩之)
 2020年に都立富士高校が創立100周年を迎えるにあたり、どのような事業をどんな態勢で行うかを検討する「若竹会・母校創立100周年事業検討委員会」の第二回会合が9月26日午後、都立富士高校校長室で開かれた。10人の委員のうち、8人が出席。活発に意見交換した。



 今回出席した委員は、須知正度若竹会会長、上野勝敏都立富士高校・附属中学校統括校長(若竹会名誉会長)、上瀧守委員長(高校22回卒)、反中章子さん(高校23回卒)、増山秀人さん(同)、小久保隆さん(高校26回卒)、飯島章博さん(高校31回卒)、神津伸子さん(同)。
 100周年事業検討委員会の事務局は、若竹会側が高校27回卒の相川浩之、落合惠子、榊原和加子、鈴木眞理、学校側が、29回卒の岩越司、38回卒の橋場友彦が担当する(以上敬称略)。



 冒頭、須知会長が「9月12、13の両日、富士祭があり、卒業生の方々にご参加いただき、昨年に引き続き『富士祭ツアー』を開催いたしました。上野校長のご努力のおかげで、皆さん、有意義に過ごされたと聞いています。今後も富士高校、附属中学校と協力していろいろなことを進めていきたいと思います」と挨拶。

 上野校長は「今日はご来校いただき、ありがとうございます。今日は午前中、なかのZEROで、中学生の募集活動の一環で、講演をしてきました。900名ほどの方々にお話をさせていただいたのですが、その冒頭、『今日は学校に戻ると、100周年の準備委員会があるんですよ。2020年の東京オリンピック・パラリンピックが行われるときに100周年を迎えます。皆さんが入学されると高校2年生です。一緒に100周年を祝いましょう』という話をし、拍手をいただきました。富士をこよなく愛する先輩方のおかげで、募集活動にも弾みがついております。また和やかに第二回の会合ができると思います。どうぞよろしくお願いいたします」と語った。

 議論に入る前に、事務局から、「佐藤美智子の50年」展への後援について説明があった。
「若竹会後援というご了承を得ましたので、先日の富士祭で、『佐藤美智子の50年』展のチラシを配らせていただきました。佐藤先生と若竹会の関わりを少しだけ話させていただきます。同窓生講演会の2回目、高橋明也さんにご講演いただく際に、佐藤先生にご協力いただき、先生の教え子である美術選択の卒業生の住所をお聞きして、講演会のご案内をお送りした経緯があります。講演会は人集めに苦労するのですが、佐藤先生から情報をいただき、大勢の方に集まっていただきました。それがきっかけとなって、『佐藤美智子の50年』展にもつながりました(詳細は若竹会ホームページの佐藤先生のインタビュー参照)。31回卒、39回卒の卒業生らが発起人となり、準備を進めています。若竹会とのつながりの深い佐藤先生を、卒業生が応援するというプロジェクトですので、須知会長、上野校長にご説明し、若竹会の後援とチラシの配布のご了解を得ました。また、こうした美術展を開けば、会場には大勢、卒業生がお見えになりますから、若竹会が後援すれば、そこでまた、若竹会とのつながりも深まるわけです。こうしたギブアンドテイクの関係ですから、『佐藤美智子の50年』展を100周年事業のプレイベントと位置付けていただいて、盛り上げていただければと考えています」「readyforというサイトを使ってクラウドファンディング(大勢の方からネットを通じて資金を集める仕組み)をしており、100万円を集める目標で、順調にお金が集まっています。100周年事業では資金集めも大切なテーマになりますので、卒業生を中心とした資金集めは、100周年事業のウォーミングアップにもなります。富士高校の卒業生に、豊島区立駒込中学、都立千歳丘高校の卒業生も加わった約50人から成るプロジェクトチームもできており、人的協力という面でも、100周年事業のモデルケースになると思います。佐藤先生は100年間の中のほぼ、5分の1の期間、富士高校にいらっしゃったわけで、恩師に焦点を当てるという意味でも大事なプレイベントになると思います」。

 今回、議論したテーマは、①100周年事業のコンセプト、②人をどう集めるか、③お金をどう集めるか、④イベントをどうするか〜第五高女関連企画の4つ。
 事務局が事前の事務局会議でまとめた案をたたき台に、委員から意見を聞いた。
 100周年事業のコンセプトの事務局案は以下の通り。
・「次の100年」のために投資する
・同窓会の存在意義について考える
・過去100年の歴史に再び光を当てる
・世代間の交流を進める
・学校を支援する
・キャリアでつながる(同じ学年、同じクラブ活動といった学校時代の軸だけでなく、卒業の同じキャリアを歩んで人たちをつなげていく活動)
・若竹会の組織を作り直す

 コンセプトについては事務局から説明があった。
 「委員長とも議論したのですが、委員会で全部決めてしまって、『これでやるから協力してください』ということでは、参加意識が高まりません。ですので『100周年ってなんだろう』『富士高生ってなんだろう』といったことはワークショップ形式で、広く卒業生に議論していただいて、キャッチフレーズは決めたいと思います。けれども、コンセプトといった場合に、1つではなくて、これとこれとこれは考えていかなければならないねというのはあるのだと思います。会社の定款のようなものとも言えるでしょうか。ですので、網羅的にいろいろな考えを出していただけるとありがたいです」。
 委員から意見を聞くのに先立って、事務局のメンバーがそれぞれの意見を述べた。
相川(事務局)「週刊ダイヤモンドの8月22日号で、英語・キャリア教育を重視した『新学校選びランキング』というのが発表されて、富士が8位に入りました。公立ではトップのランクでした。若竹会が中学二年生向けにキャリア講演会をしていることも寄与して上位にランクされました、こうしたキャリア教育への協力は、同窓会が最も手がけやすい学校支援だと思います。同窓会というと、学年、クラスが一緒、クラブ活動が一緒といった学校時代の区分けしか考えない部分がありますが、同窓生が卒業後、どんなキャリアを選んでいるのかという切り口で見ていけば、キャリア教育への協力が容易になります。ですので、事務局案として、『キャリアでつながる』というコンセプト案も提示しています」。

榊原「同窓会の存在意義というのは非常に重要だと思います。卒業して、同窓会としてつながるのは、40歳過ぎくらいからだと思うのですが、非常にいい仲間なので、みんなで会って仲良くなっていくのが同窓会かと思います。100周年に絡めて言いますと、ワークショップのような形で、みんなでもう一度議論して、自分たちの価値観を固めていくという作業が重要ではないかなと思います。上から『こうやろう』というのは簡単ですけれど、下がついてこないので、一番下のほうから作り込んでいって、上に持っていく、上と下で調整するような形、ボトムアップの方が、うまくいくのではないかなと思います。なんで若竹会があるの、という根本的な意識が揃っていないと、みな、全然動かないと思います。自分たちが楽しめればいいというだけではなく、学校には生徒さんもいらっしゃるわけですから、そこへの支援とかつながりとかをもう一度、確認し合った上で、何をやるかというのを詰めていかないと、始まらないのではないかと思います」。

鈴木「同窓生はたくさんいるのですが、共通の意識を持つというのは難しいと思っています。18歳くらいのときに8000円を払って自動的に若竹会に加入したわけですが、振り返ると、若竹会のことは何も考えずにきました。同期会が盛り上がって、集まるようになって、その延長で、いま、若竹会の活動をしているのですが、富士高の卒業生である私の娘二人の、若竹会に対する意識は希薄です。毎日が忙しくて、まったく同窓会について考えることがない。でも、大部分の若い世代がそうなのだと思います。ですから、若竹会の会員の一人ひとりが、何か立ち止まって若竹会のことを考えられるような、気づきを与えられればいいのではないでしょうか。それが、ワークショップなのか事業なのか、パーティーなのかはわかりませんが。言葉でもいいと思います。そういったものを共通意識として持たせる、負担にならないように。いくら多くの言葉を発しても届かないことの方が多いですから、そこが重要なんじゃないかな、とすごく思っています。何のために若竹会はあるのかという存在意義を考えるーー。自分のなかに『若竹会』が存在していない人がほとんどだと思うので」。

落合「私は、しばらく若竹会の役員をやっていたのですけれど、須知会長になってから、同窓生を講師にした講演会をやろうとか、富士祭に人が来てもらえるようにしようとか、いろいろなイベントを考えて人集めをしようとしたときが、とても大変でした。つながっていない、ということを、すごく感じました。理事制度が崩れていましたし、横の関係は同期会があったりするのですが、縦につながっていないということを非常に感じました。このままでいくとーーという危機感を覚えました。ですから、いま、ここにいるんですね。同窓会活動に何が必要かを考えると、組織を作り直すことが必要だと思って、ここにいるんです。暇だからやっているんだろうと思われがちなんでうけれど(笑)、目指しているところはそこなんですね。組織をみんながつながる組織にしたいと思いますが、そのへんを(多くの同窓生に)話しても通じないというところがありますね。今回、富士祭でツアーに参加してくださったり、受付を手伝ったりしてくださって、私たちと足並みをそれえてくれると、やっとこういうことなのかな、と理解出来るようです。私は『若竹会組織を作り直す』ということが頭にあるのですが、そのためには、一緒に、少しずつ、何かをやっていく、ということが大事だと思います。言葉で言ってもなかなか通じませんから、なんとか仲間に入っていただいて、一緒に活動を重ねていくことが大事じゃないかと思います」。

各委員は次のような意見を述べた。
反中「私も若竹会の存在意義については考えさせられることが多いのですが、同窓会を考えるときに、ほかの学校はどうしているのかというのがヒントになると思います。そもそも同窓会活動やっているところどれくらいあるのか。そいて、画期的イベントをしているところも、いろいろあると思いますが、同じ歴史もつ都立高校がどういう同窓会を持っているかを調べるのが大切だと思います。例えば、会誌に、ほかの学校での考え方などを取り上げていただけるといいのではないでしょうか」。

小久保「コンセプトというのは『向かっていく方向』ということだと思います。抽象的なものなので、説明しにくいと思ったのですが、わかりやすいように、こんなことがあったのだというお話をまずさせていただきます。
 私は富士高を卒業して音楽を生業にしています。たぶん、レアケースだと思います。そういうレアケースが他の年代ではどれくらいあるのか、知りたいと思ったことがあります。1年下の27回卒に、山岸さんという人がいて、彼女がミュージシャンなんですが、数年前まで彼女のことを全然知らなかったんです。彼女は精力的に活躍されているのにそれを知らなかったことがとてもショックでした。それを広げて考えてみますと、富士高というインフラが同じということはとてもありがたいことなんです。同じインフラの中で、しかも私がやっていることと近いことをしている人がいれば、何かコラボレーションができないかと思うのです。そんなことを考えたときに、同じようなことをしている人はどれくらいいるのだろう、どこにいるのだろうと思ったのですが、それがわからない。そうした情報を得る方法が、いまはまだまだだなと思うのです。
 フェイスブックなどをみていると、世代を超えていろいろな情報が入ってきていろいろな出会いがある。卒業生に関するいろいろなデータベースを、より濃い、より意味のある、より価値のあるものにできたら、僕がショックを受けるようなことはなくなるのだと思うのです。それって、大事で有意義なことではないかと思うのです。データベースをつくるということがコンセプトになるのかどうかはわかりません。コンセプトというと『卒業生が見えてくる』という感じになるのでしょうか」。

飯島「いま、小久保さんがおっしゃられたことは正しくて、僕も、ちょっとレアケースでCMを作っているんですけれども、偶然、電通で、『僕、後輩です』といってくれた人がいて、そうすると、知らない同士で話しているよりも、つながりがうまくいき、イベントがあるごとにどんどんつながりが広がっていくようなことがあります。
 『うちの高校から清原が出たんだよ』とかいうのは、出身校の価値を高めますので、各分野で活躍されている方、がんばっている方がいれば、現役の方にも夢を与えられるのではないかと思います」

増山「目をつぶって、同期の顔を思い浮かべることはできますよね。では、同期を超えて先輩、後輩の顔がどれだけ浮かぶかというと、ほとんど浮かびません。おかげさまで90周年のビデオ制作を通じて、顔が浮かぶ人が増えましたが、何かをするときに顔が浮かんで話ができるというのは財産だと思います。それをもう少し具体化できたら第五、富士の資産は大きく役立つのではないでしょうか。そういう意味で『第五、富士をつなぐ、紡ぐ』というのが私のテーマです。過去があって2020の現在があって、それを100年後の未来にもつなぐ、紡ぐことができたら、と思います」。

神津「富士高校が輩出した人々が財産だと思っているので、横はつながっているが、縦がつながっていないのならば『キャリアでつなぐ』というのは、若い人たちにとっても、食いつきがいいと思うので、コンセプトのひとつになってくるのではないかなと思います。それをどのように実現しようというかですが、SNSも活用して、エコノミストの特集記事に推薦できるような人は取り込んでいって、記事にして、講演もしていただくような流れを作り上げる、2〜3年のプロジェクトを考えればいいのではないでしょうか。『若竹会100年を作った100人』みたいな企画を考えてもいいかもしれません」。

須知会長「富士にいたときに、どんなことを感じていたか。卒業してからどんなこと感じていたかをいつも考えます。私は富士高校に転校してきたのですが、富士に来て良かったと思っています。富士に来てから、学んだことを自分で整理して考えることが習慣づけられました。証券会社に入り、調査を担当しましたが、事実を調べてそれをもとにしてリポート書くときにも、富士で学んだ
スタンス、物の見方は役立ちました。その意味でも学校支援はぜひしたいと思います。特に、『探求未来学』を応援したい。そして、100周年事業では、卒業生に『富士にいたときの3年間に何を感じたか』を問うことが大切ではないかと思います」。

 学校側事務局メンバーにも意見を聞いた。
岩越「戸山高校にいたことがあり、120周年事業をやりました。経済界や企業に多くの人材を送っている学校なので、企業の中の戸山会だけで名簿ができるそうです。常駐の同窓会組織があって、毎年、5mm以上の厚さの会報が出ている。ただ、毎回同じ人が同じような記事を寄せている。
 次にどんどんつなげていくためには、いかに若い子を巻き込んでいくかということだと思います。若い子を巻き込むというのは、話をしたうえで任せるということだと思います。
 それと、卒業生をつないでいるのは先生だと思います。富士の同期会では、教わった先生全員に声をかけて、5年に1度やっています。ゆるやかな集合体の中で求心力があるのは比較的長くいた先生、その時期に一生懸命やった先生です。先生をどういうイベントの中で、あるいは記念誌の中で生かしていけばいいかなと聞きながら思っていました」。

橋場「最近、私たちの世代は組織力が低下していまして、上の世代の人のほうが組織づくりがうまいんですね。ですから上の世代の人が作った組織を維持するのが嫌でやめてしまうこともあるんですね。同期の連中はいまが一番忙しいといい、どれくらい時間が割けるのかなという問題があります。もっと下の世代になると、そもそも関心がなかったりします。盛り上げていくためにはこうしたイベントがあるという花火を打ち上げることは大切だと思います」。

 上野校長からは、高校と若竹会の関係をさらに強固にする構想も披露された。

上野校長「富士は文系に特化して強い高校と思われているのですが、理数にも力を入れて“文理両道”にしたいと思っています。そのうえで、私が目指したいのは、“土曜日寺小屋”です。四時間目までは授業がありますが、その後、ふらりと学校に来ていただいて、そこで若竹会の先輩たちに学校に来ていただいて、子供達に先輩として語っていただきたい。後輩の悩みを一緒に考えてやっていただきたいと思っています。60歳前後になると、悠々自適の人や第二の人生を考える人が多いですが、現役時代の知識や経験が途切れてしまうのは惜しいです。現役時代の経験や、なかなか語れない失敗についてぜひ語ってほしいのです。40〜50歳も離れていると、孫に語るような感じで話せると思うのです。これを富士独特の学校支援の形にできないかと考えているのです」。



 「どう人を集めるか」の事務局案は以下の通り。
・同窓会の意義から、少しでも多くの人に考えてもらう。
・「コンセプト」は委員会である程度詰めるとしても、「何をするか」「キャッチフレーズをどうするか」などは一から各期の卒業生に考えてもらう。
・5年先の100周年をイメージでき、しかも協力しようというような人はほとんどいないのではないか→プレイベントとして「ワークショップ」を開催したい。
・「クラウドファンディング(大勢の人からお金を集める)」「クラウドソーシング(大勢の人に仕事を任せる)の「考え方」を取り入れる。すなわち、若竹会が過去の周年事業でも執り行ってきた事業(記念誌発行、記念パーティー)は別にして、新規事業に関しては、プロジェクトを一定期間示して、お金や人が集まることを条件に実行する。
・「理事」が稼働していない期も多い。理事経由での人集めが基本だが、それ以外の方法(フェイスブックなど)で、広くワークショップへの参加を求め、そのなかから、協力スタッフを集めることが現実的。
・若竹会役員、事務局も、平時の布陣。行動力のある30回卒以降のスタッフを募集したい。

 上瀧委員長から「フェイスブックのメンバーや理事などに対してどうアプローチするか」についてさらに説明を求められ、事務局が回答した。
「見かけは1000人以上のメンバーがいても、常時書き込みをしたりしてくれるのは数十人だったりしますので、単にその場で告知をしても人は集まらないと思います。アクティブな人、一人ひとりに声をかけて、参加を求めるしかないと思います」。「理事はネットワーク作りを進めているのですが、若い世代はあまり機能していません。また、理事名簿にある人で、理事会に参加されない人と連絡をとってみると、その人が同期会などに関わっておらず、理事としての職責を果たしにくいというケースが多いこともわかりました。理事も含め、新たな人材の開拓が必要です。現実には31〜34回卒あたりの、いま、活動が最も活発な世代を中心にしていくのがいいと思います」。

 この後、飯島委員が提案する「大人の文化祭」の構想に即して議論した。
飯島「祝賀会や式典は閉じた形でホテルなどで行われます。そこだけの人たちで盛り上がるのはもったいないと思うので、そういうのは体育館で朝9時から2時間やる。その後、オーケストラとコーラスのOB、OGで第五と富士の校歌を演奏し歌います。その後、偉い方に講演をしていただく。あと、50部屋くらい教室があるんですね。それを使えば、各期が部屋を使えるだろうと思います。31期は『やるぞ〜』と言ったら50人くらいは来ると思うんですが、何をやるか、部屋の活用は各期に任せればいいと思います。同期の偉人の展示をしてもいいし、バンドが演奏をしてもいい。バンドは期をまたがって、バンド合戦などをしても面白い。各期で、企画。会計も別々にやれば、やりやすいのかなと思います。
 同期会活動があまり活発でない期は、その期の有名な方、例えば書道の有名な方がいれば、書道展を開くとか、多くの参加が無理な期は、そんな形で参加していただければ、できそうな気がするのですが」。

上野校長「学校や体育館を開放できるのは、生徒が試験前で、部活動ができない時だけなんです。分かりやすく言うと、同窓生の皆さんは集まれるけれど、現役の子供たちは集まれない。だけど、同窓生だけの集まりとしては可能性があります。それと電気代などの実費は必要です。今年はもう無理ですが、来年の計画として、『同窓会総会』として大人の文化祭を試行で来年やってみるという手もあります」。

上瀧「校長先生から重要なヒントもいただいたので、来年、考えてみる手もありますね」。



 3つ目のテーマは、「お金をどう集めるか」。
 事務局案は以下の通り。
・会報「若竹」に資金援助の依頼と、振込用紙
・クラウドファンディングは短期に特定目的の資金を不特定多数から集めるのに向いており、100周年事業の計画にはあまり向いていない。
・「学校支援」が共感を得やすい?
・「若竹会の活動資金不足解消」は、訴え方を慎重に(寄付でなく、会報若竹の郵送費聴取など受益者負担が筋かもしれない)。

 上野校長が口火を切った。
上野校長「中学三年生に、アメリカのシリコンバレーに行って理数系の体験研修ができないかを計画しています。修学旅行ですと、生活保護家庭の生徒に対し費用がすべて出るのですが、研修旅行は受益者負担になってしまいます。経済的に苦しくて、本当は研修に行きたいのに行けない成績優秀な生徒に、毎年、1人でも2人でも『同窓会枠』で、例えば半額を支援していただくというのは、子供達にはありがたいことなのですが」。

上瀧委員長「いまの話は生徒さんに対する支援の大きな柱になると思います。若竹会に対する支援は、寄付金を募る時、どんな使途に支援するかという選択肢があって、その中には、使途は自由にしていいという選択肢もあるーーという形が一般的じゃないですか。選択肢のなかに、若竹会の運営支援、足腰強化がある、というのでいいのではないですか」。

飯島「やはり、いくつかの具体的な話があると、お金を払う気になりますね」

反中「シリコンバレー研修の支援などは払いたくなりますね」

事務局「クラウドファンディングでは、支援を募る際のストーリー次第というところもあります。納得して心が動かされれば払ってくださるし、関係ないと思われれば払っていただけない」。

飯島「会誌に広告を載せるとことは可能なのですか。企業のトップもいるので、それは卒業生の紹介にもなるし」。

上瀧「それは私も思っていることです」。

事務局「記念誌では試してもいいかもしれませんね」。

小久保「よく、テレビのローカルの番組から、あなたを取材にして番組にしたいという話が時々、くるのですが、よく聞くと、こちらがお金を払うんですね。同じようなことをしてもいいのではないですか(笑)」。

上瀧委員長「宣伝ベースのものを作っても僕はいいと思っています」。

事務局「これからの時代は、寄付の方が集めやすいかもしれません。広告ですと、本来は広告効果が求められますから。大企業だと広告効果を聞かれます。同窓会だと効果については求めないかもしれませんが、それならば、初めから寄付でもOKだと思います。その方が寄付してくださったという事実を載せれば、広告と変わらないと思います」。

上瀧委員長「寄付してくださった方の名前をちゃんと出して、感謝の気持ちを表すことは重要ですね」。

事務局「学校支援のため、あるいは同窓生のためにはこうしたことをしていますときちっとアピールして、全体としてはお金が足りません。放っておくと、少子高齢化で若い人たちの負担が重くなってしまいます、といった訴えかけになるのでしょうね」。

落合「みなさん、若竹会の収入がなんで減っているかはわかっていない方が多いと思います。500人くらいいた卒業生がいまは200人くらいになっているということをきちっと説明していないなと思います。若竹会の運営が下手でお金がなくなっているわけではありませんから、説明しなければいけない。それから、先ほど、いろんなキャリアの人のデータベースを作るという話が出ましたが、それにも人の手がかかるわけです。お金も必要なわけですが、そういった日々の運営活動費は自腹になっている。そういうところも理解していただき、支援していただけるといいなと思います」。

相川「キャリアのデータベース化の話などはしっかり説明して、構築費や運営費の支援をお願いするのにいいテーマかもしれません。目玉事業を前面に出して寄付を求めることは大切ですね」。



 最後のテーマはイベント。
 増山委員から第五高女関係の企画案を中心に提案があった。
増山「一つ目のテーマが、第五・富士の校歌を管弦楽で繋ぐ演奏ということです。前回、橋場さんから第五と富士のオーケストラのスコアをいただきました。この二つはあります。あとはこれをどううまく繋げるか、です。
 二番目が、第五・富士の校歌を歌う、です。上記演奏をビデオ撮影します。
 三点目が「映像アーカイブス」です。8ミリやビデオで撮られた映像をデータベース化したいと思っています。そのために8ミリ映写機、編集機は2台ずつ確保しました。各期に映像を1つに絞り込んでもらってのアーカイブにしたいと思っています 
 四番目が第五校舎のカラー化で、五番目が、歌舞伎町弁天様に第五高女碑の建立するという企画です」。

事務局「第五のプロジェクトは今回了承していただいて、増山さんにどんどん進めていただきたいと思います」。

上瀧委員長「増山さん、第五関係のプロジェクトについてはうまくコーディネートして進めてください」。

事務局「次回会合は4月9日(土)13時から、ということでお願いします。その間の議論はメーリングリストで行い、必要があれば、関係者が集まって議論するということにしたいと思います」。

神津「ロゴマークの決定も急ぎたいですね」

事務局「キャッチフレーズを決めた上で、ロゴマークにもかかりたいと思います。時間はたっぷりあると思っていたのですが、意外にないということが本日の委員会でわかりました」。
(事務局)
 2020年に都立富士高校が創立100周年を迎えるにあたり、どのような事業をどんな態勢で行うかを検討する「若竹会・母校創立100周年事業検討委員会」が4月25日午後、都立富士高校校長室で開かれた。10人の委員のうち、9人が出席。自由に意見交換した。



 委員会は、須知正度若竹会会長、上野勝敏都立富士高校・附属中学校統括校長(若竹会名誉会長)のほか、須知会長が委嘱した以下の委員で構成する。
 上瀧守さん(高校22回卒)、反中章子さん(高校23回卒)、増山秀人さん(同)、安倍宏行さん(高校26回卒)小久保隆さん(同)、飯島章博さん(高校31回卒)、神津伸子さん(同)、芳根聡さん (同)。

 芳根さんを除く9人が出席、2時間にわたり議論した。

 100周年事業検討委員会は事務局を設置。若竹会側が高校27回卒の相川浩之、落合惠子、榊原和加子、鈴木眞理、学校側が、29回卒の岩越司、38回卒の橋場友彦が担当する。



 冒頭、須知会長が「母校の富士高校は2020年に創立100周年を迎えます。それに向けて、今後の礎となるようなことができればと思っています。今日お集まりの皆さんには、フレッシュなお知恵を拝借したいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします」と挨拶。

 上野校長も「富士は中高一貫教育校になりましたが、富士の伝統は脈々と続いています。2020年の富士の100周年を目指し、先輩の方々に安心していただけるような学校にしていきたいと思いますし、同窓生のお力添えでなんとか100周年を盛大に祝えるようにしたいと願っております」と語った。
 事務局から⑴若竹会・母校創立100周年事業検討委員会設置要綱、⑵若竹会記念行事の資料について説明した後、各員から自己紹介と一言コメントをいただいた。
 上瀧(22期)「第五高女から中高一貫校になった現在までを網羅するようなうまい形で記念事業ができればいいなと思います」。
 反中(23期)「私と隣にいる増山さんとは同期で90周年のときにDVDを制作しました。第五高女からのエピソードを10個くらい集めて作りました」。
 増山(23期)「100周年でやりたいと思っていることがあります。皆さんの了解を得て、ぜひ、やらせていただきたいと思います」。
 安倍(26期)<所用で遅れ>
 小久保(26期)「音の環境デザインや癒し系の音楽の制作に携わっています。イベントや音楽関係でお役に立てればと思います」。
 飯島(31期)「卒業以来、若竹会とは関わりがありませんでした。何もわかりませんが、どうぞよろしくお願いいたします」。
 神津(31期)「私も飯島同様、若竹会と関わりがなかったのですが、今回、委員会に参加させていただくことになりました。人を集めることがいかに大変かということはわかっています。皆さんが楽しんで集まれるようなものができればいいと思います」。
 芳根(31期)<所用で欠席、資料提出>
 企画メモ「愉快であること」「100周年の歴史に自分たちが参加、存在していた足跡、秘蔵写真、共有できる思い出(情報)」「合同クラス会(31期は同期会をこう呼んでいる=事務局註)マニュアル。各期のキーパーソンをつなぐきっかけに」「大人の文化祭」。

 須知会長が上瀧さんを委員長に推薦。全委員が了承し、上瀧さんが以降、議事を進めた。
 以下、主なやりとりを掲載する。

上瀧委員長 「上野校長、100周年に関して学校側のイメージはありますか」。

上野校長 「周年行事は、学校の体育館等で執り行おうと考えております。生徒が参加し、教育委員会からもご出席いただきます。そして、若竹会の皆様からご推薦いただいた方に記念講演をしていただくといいなと思っております」「100周年の記念誌を作りたいと思います。学校側が作成する記念誌と、若竹会が編集する記念誌を分冊で作って1つにできれば、一番わかりやすくていいと思います」「もう一つが祝賀会です」。

上瀧委員長 「学校側からは記念講演、記念誌、祝賀会という話がありましたが、それ以外にも、どういうことをやっていったらいいかということで、ご意見をいただけますか」

増山 「新宿・歌舞伎町にある弁天さまのところに第五高女の記念碑を建てられたらと思います」「第五があって富士というつながりを考えるならば、第五の校歌を管弦楽で演奏してほしいです」「NHKの『花は咲く』のようなイメージで、第五の方にも参加していただいて、第五の効果と富士の校歌をつなぐような形で歌えたらと思います」「第五の校舎は資料を読むと、薄緑色だったようですが、モノクロの写真しかありません。これを特殊な技術を使って、再現し、カラー写真にできないかと思います」「最後に、学園祭のときに作った過去の映像作品の映像アーカイブスを作りたい。個人が秘蔵している70年代の8ミリ、シネフィルムを表に出して、保存できる形にして、保存できればと思います。そのあとの、ビデオ作品や、最近7〜8年くらいで父母の会の方が保存している映像作品も、合わせてアーカイブにしたいと思います」

飯島 「祝賀会とか記念行事は堅苦しい感じがします。芳根君が言ったように、学校で各年代1教室くらいを借りて、大人の文化祭が1日くらいできないか。バンドをやっているような人は体育館で演奏する。各世代有名な方もいるので、そういう人を紹介するとか、ある教室では漫才をやるとか、世代によって好きなことをやればいいと思います。そんなことができるならば、行きたいと思う人が多くなるのではないでしょうか」。



神津 「クラブ活動で、硬式テニスと男子バレー部のマネジャーをしていました。自分の富士高時代を振り返ると、スポーツ、部活動との関わりが深かったので、そういう自分の思い入れがあったものを軸にすれば、卒業後、何年たっても行ってみたいなと思うのではないでしょうか」「一方で、著名な卒業生などの話を聞く機会などを設けるのも、在校生に夢を与えられるかもしれないので有意義かと思います」。

上瀧委員長 「事務局でもいろいろ検討していると思います。イベントに関して、事務局で話し合ったことを話していただけますか」

事務局 「クラブ活動を中心に音楽会や美術展をやるとかして盛り上げるというやり方はあると思います」「そういったことは2020年に限らず、その前にプレイベントとしてやってもいいかもしれません」「祝賀会は、若い人が参加したくなるような内容を考えて実施することは大事だという指摘もありました」「祝賀会については、縦の交流があまりできなかったという反省が理事会などでもありました」「第五高女の方が放っておかれるようなことにならないようにしたいという意見は強かったです。第五の方が盛り上がるようなものを考えることも必要と思います」。

上瀧委員長 「安倍さんが来られました。一言お願いします」

安倍(26期) 「100周年というのはすごいことなので、なるべくたくさんの方が出席できるようなものにしたいです。先日、中学2年生に話をさせていただきましたが、非常にレベルが高く、多摩のほうから入学したいと来る生徒もいるらしいです。新しいフェーズに入っているという感じがしました。OB、OGは富士がいま、こうなっているということをご存知ない方がほとんどなので、《新しい富士》をみんなが感じられるようにもしたいなと思います」。



上瀧委員長 「私は、お金を集めたい。子供たちのスポーツ、学業、文化的活動などを奨励するようなものができないかと思います。もちろん、学校側との調整が必要ですが、できるならば、学校を応援したい。60周年のときに1100万円を目指して募金を募ったらしいですが、今回もそれなりの金額を目標に募金をやりたいと思います」「美術展、音楽会みたなものは2020年より前から仕掛けていって、盛り上げっていって2020年を盛り上げたらどうかなと思います」「学校や先輩に対しては感謝の気持ちを表したい。仲間の間では友情を高め合いたい。後輩にはサービスをしてあげたい。感謝、友愛、奉仕の三つを考えていきたいと思います」

上瀧委員長 「いま、いろいろなアイデアが出ました。祝賀会をどうするのかとか、記念誌の話。それから、反中さんから、以前、学校に埋もれた貴重な資料があるので、それをきちんと整理したいという話がありました。アーカイブしたいのは文章もあれば映像もあるわけですね。文化祭的なもの、講演会をどうするか。あと、OB、OGが集うというところにポイントがあるものと、在校生のためになることをするという話もありました」。「いろいろなアイデアがでましたが、それをどのように、だれがやっていくかという問題があります」「この検討委員会は、実行委員会をどのように作るのかというのを決めていかなければなりません。今日の段階でそれは決められないと思いますので、もう一度、この会議をやらせていただいて、それまでの間に詰めておきたいのですが、今日は決め方や推進する人の探し方などだけを議論したいと思います」「ここにいる人たちだけでやるわけにもいかないので、いろいろな仕事にふさわしい仲間がいたら、その人たちにやってもらいたいと思っています。で、その人たちをどうやって探そうかという話なのですが、私は、若竹会の理事さんたちを通じて集めるしかない、というイメージなのですが」。

事務局 「理事は若竹会と各期を結ぶ窓口とも言える存在で、若竹会の情報を各期に流したり、各期の情報を若竹会に伝えたりする重要な役割のはずなのですが、自分の期の理事がだれかわからないという期も多く、理事制度が完全には機能していないというのが実情です」。

須知会長 「連絡のとれない理事をなくし、各期と理事を通じてしっかり連絡をとれるようにしなければいけないと考えて、対策を講じようとしているところです。100周年のアドバルーンを上げる前に、そういうインフラの整備が重要になっています」。

上瀧委員長 「理事を通じて、がいいと思うのですが、そうでなければ、ここにいる委員が自分たちのつながりから、いろいろなプロジェクトにふさわしい人を探していくしかないでしょう。しかし、会長が言われるように、若竹会の足腰がしっかりしていないとだめですね。これから足腰がしっかりするように努めながら、進めていくしかないですね」「まだ20年までには時間がありますから、アイデアを出しながら、理事の整備をして、そこからいろいろなプロジェクトにふさわしい人を見つけていく。そういう形かもしれませんね」。「この委員会の要綱には分科会を置けるという規定もあるのですが、いろいろな企画を考える部門、お金を集める部門、お金を管理したり会議の庶務をしたりする部門などは必要ですよね。そういうものを置いていって、そこでそれぞれ仕切っていく、という形になってくると思います。次回は必要に応じて分科会を置く、というところまで決めておきたいです」

事務局 「事務局として進め方も検討しました。お金はいくらかかるのか、それぞれのプロジェクトごとに目標額を明確に掲げ、それぞれに対して、寄付を募る“クラウドファンディング型”の募金を考えるという案が出ました。目標額に達しないプロジェクトは実行せず、担う人も集まらなければ、やらないとはっきり決めておきたいです」。



小久保 「イベントをどう作るか、というのをイメージするためには、イベントの目的を明確にしてほしいですね。100周年記念でなんらかのイベントをしようというときに、それは何のためにやるのかというのを明確にする必要があると思います。例えば、中高一貫校となった富士をもっとみんなに知ってもらうということなのか、古い人と新しい人との交流ができていないから、それをうまく進めるのが大事なのか。“盛り上がる”という言葉だけだと、イメージしにくいですよね。もう少し、目的を絞ったほうがいいのではないか。この場ではそうした方向性を議論すべきかと思います」。「ディテールが先に出てきて、だから大きな目標はこうなのだろうということもあると思いますが、大きな目的のところに焦点が合わないと、自分がイベントプロデューサーだったときに、なんのために行うか、何をもって成功とするのか、というのが明確でないと、では、こういうことをしようとアイデアが湧いてきません」。

事務局 「極論ですが、現時点では、100周年で切りがいいから事業をやる、と言っているだけかもしれません」。

飯島 「でも、100周年ってすごいですよね」。

上瀧委員長 「100年続いたのだから、200年目指そうという気持ちになりますね」

事務局 「次の100年を目指す、といったキャッチコピーは必要ですね」。



須知会長 「いまの高校生って、私にとっては、孫の世代なんですね。だから孫へのバトンタッチということもあるんです。私は子供のころ、祖父、祖母から教えられたことのほうが父親から学んだことよりも印象に残っています」「私が会長になってから、同窓生講演会をやったり、安倍さんに中学生にお話をしていただいたりしましたが、そういうことをやることによって、僕は気づいてくれると思っています。富士の人たちって、同じDNAを持っていますから。そういうことが恒常的にできるようなスタートの年にできないかなと思います」「それを地道にやっていくためには何をしなければならないかというと、理事のネットワークの整備とか、そういうことなんです」「みなさんからいろいろアイデアが出ていましたが、やはり2020年だけでなく、できるんだったら、音楽、映像、絵画、文学などの分野で3カ月に1回くらいプレイベンとしてできれば、現役の生徒さんたち、そして卒業して間もない若い世代の人たちが来て、それを見て、同じ文化を持っているということを感じてもらえるのではないでしょうか」。

上瀧委員長 「在校生やOB、OGからキャッチフレーズとかシンボルマークを公募するといったこともありますね」「いずれにしても、ヒト、モノ、カネのところをもう少し詰めないといけませんね」「若竹会側事務局も個別に意見があれば」

榊原 「去年、富士祭にお邪魔したときに、薙刀部があって、茶道部があったんですね。これ、いつできたんだろう、と思いました。100年の歴史を考えると、富士高校ってどんどん変身していっている。自分のいた体操部は、もうなくなっているんですね。例えば、部活の流れみたいなものを追いながら、時代の流れと照らし合わせると、富士高の別の側面が見えるのではないでしょうか」。

落合 「私も若竹会の役員になるまで、富士校の歴史を知りませんでした。いろいろなイベントに参加して、第五高女のあった場所に行ってみたり、古い若竹を読み直したりして、『これは大事なことだ』と思うことがありました。また、校長先生に中高一貫校になって学校の名前がなくなってしまったところもあり、同窓会が残っているのは素晴らしいことですよと伺って、すごく感動しました。それで100周年はしっかりやらなければという気持ちになりました。みなさんが同じ気持ちで100周年を迎えるためには、歴史を振り返る、これまでの歩みをしっかり捉え直すことが重要と思います」。

上瀧委員長 「共感が大事ですよね。気持ちが揃うということ」「お金の説明も事務局からしてください」。

事務局 「若竹会の先輩たちが会館を作ろうということで集めた『若竹会基金』というものがあります。いままでの周年事業はみな、このお金を使っているようですが、せっかく100周年という大きなエポックなのですから、今回は、資金をしっかりと集めるべきではないかというのが事務局の意見です」「毎年の予算が卒業生の数が減っていることで赤字になっています。毎年の卒業生の払う会費だけでは、会報『若竹』の発送費を賄うだけで終わってしまいます。卒業時の会費を値上げしようという案もあるのですが、若い卒業生にだけ負担をかけていいのかという意見は強いです。100周年は、改めて、現在の若竹会会員から会の運営費を徴収する機会にもなるのではないかと思います」。

上瀧委員長 「こういう収支の状況をみると、お金集めが必要と感じますね。子供たちからお金を倍とれとは言えないから、やはり既存会員から集める必要があるのでしょう」。

小久保 「さきほど事務局の説明の中にも出ていましたが、いまの時代だと、クラウドファンディングのようなスマートなやり方もありますから、企画はこうで、そのために予算これだけだということを明示してお金を集めるのも手ですね」。

神津 「やはり、子供を育てるという観点を打ち出したほうが、お金は集まるような気がしますね」。

反中 「寄付を集めるにしても会誌の力は大きいと思います。特に年配の人には会誌で働きかけるといいのではないでしょうか」。

上瀧委員長 「私の期でもあいつだったら、こういうことをやってくれるのではないかという人はいます。それぞれの期で、理事さんにそういう人を探してもらう必要がありますね。次回までに、多少でもプロジェクトを担ってくれる候補を探してくるということではいかがでしょうか」。

安倍 「中心となる年次はどうするんですか。80歳以上の人まで、絡んでもらうわけにはいかない」。

上瀧委員長 「我々くらいまででしょうね」。

事務局 「今回は22期から31期までの10年間で委員を選びました」。

安倍 「40代くらいにならないと同窓会に関心を持たないけれども、40代はとても忙しいので、今回の委員くらいの年代がやらざるを得ないんです」「我々の周りで、こいつは動きそうだな、という人間をまず探しましょう」。

上瀧委員長 「ここにいるメンバーでだれかふさわしいと思う人が周りにいたら、その人に声をかける手もあるし、それだけでは広がりがないと思うならば、理事という制度がせっかくあるのだから、そういう人たちにも話をもっていけばいいと思います。お金集めなどは期ごとにやったほうがうまくいくと思います」。

安倍 「OB、OGだけでなく、現役も巻き込んでパネルディスカッションをしたりするのも有意義だと思います。老若男女が一緒になって、富士高をどのようにしていきたいのか考える。そういう未来志向の企画は、若い世代をやる気にさせると思います。僕らもこのおじいちゃんたちに言っていいんだと思わせる」

上瀧委員長 「今日はどういうアイデアがあるかということと、全体でコンセプトをもう少ししっかりさせないといけないということを話しました。次回までに、コンセプトとやるべきイベント、そして担当者くらいの素案を作れればと思います」「共感を得る仲間を広げていく作業も重要だと思います」。

 次回会合は9月26日。その前に、若竹会の各期の代表が集まる理事会が6月にあり、こうした機会も利用して、100周年事業について、会員に周知し、参加意識を盛り上げたい。

(事務局)